会誌「電力土木」

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巻頭言

有形と無形の「継承」

 

嶋田 善多

電源開発(株) 土木建築部長

1. 二つの継承
 会誌への投稿も1999年から 7 年間務めた土木学会誌編集委員での執筆以来ということで,当時の特集記事をふり帰ると,最近特に考えさせられるテーマがある1)。「維持管理」と「技術継承」である。
 「維持管理」は,先人の築いた膨大な社会資本を次世代に健全な形で「継承」していくうえで土木技術者の重要な使命である。平成23年は東日本大震災や豪雨と続発する自然災害により当社発電施設も各所で様々な形で被災し,これでもかという巨大な自然外力を目の当たりにし現在も復旧対応に追われている。健全な設備を保全する維持管理技術に加えて,緊急時に即応できる技術力を求められる一年でもあった。最近土木学会においても維持管理のタスクフォースが立ちあがり,その重要度はより一層高まっている。
 「技術継承」については,当時中堅技術者であった自分には恥ずかしながら余り実感はなかったのが事実である。自然外力の巨大化に伴い災害復旧の難易度も高くなるなか,経験とともに培われてきた土木工学分野では,経験豊かなシニアエンジニアからの技術継承も加味した技術力強化を痛感する次第である。
 本稿では,有形の社会資本継承(維持管理)と無形の技術継承について思いつくままに述べたい。

2. 世代を繋ぐ
 当社は昨年創立60周年で,設備も順次還暦を迎えつつあり老朽化に対し適切な対策が不可欠な時期にある。平成23年,東日本大震災で沼原ダム(栃木県)のアスファルト遮水壁表面にクラックが発生し,補修を重負荷期までに終えたかと思うと,引続き台風 6 号,新潟・福島豪雨,台風12号の襲来により,深層崩壊による段波や大規模土砂災害,落橋や管理用道路の寸断,発電所浸水といった大小様々な設備被災を各地で受けた。洪水災害による地域対応もあり,的確かつ迅速な技術対応の重要性を痛感させられた。地質,気象,海象等自然現象の不確定性が大きいことから,現場での経験,知見等といった実学を「経験工学」として研鑚することが必須であり,建設現場という実務経験が少なくなるなか技術継承の重みを感じる次第である。
 当社土木職の状況は,2004年の民営化にあわせてグループ人員を絞るため採用を抑制した時期もあり,歪んだ年齢構成となっている。職務に脂がのってくる30代前半が極めて少なく,組織として断線しかねない状況にある。上の40代は部下のいない時期に自己完結型で育ってきており,人間社会で言えば子育て(部下育成)が苦手な世代になっている可能性もある。定期採用を継続的に続けるとともに,断裂しかねない20代をアキレス腱断裂手術(筆者経験あり)のように,腱を引っ張って繋ぐ処置が必要かと思う。1 昨年の組織改編でフラット化のグループ制から人員の大括り化・ライン化を意図した室制にし,中堅,シニアと若手が組んで意識的に世代を繋ぎ,階層的ラインによるチェックで技術的信頼度を高める一方で,伝達速度の遅延や組織末端の「指示待ち」が生じないよう留意しながら,技術の絆を取り戻す組織造りから始めている。

3. 育てるための『あい』
 維持管理に携わる技術者には二つの『あい』が特に大事,と同僚と話しあう機会があった。一つは「愛」,愛情とか愛着である。もう一つの『あい』は英語の第一人称「I」である。「私」自身,即ち「自ら」が主体的になって物事に取組めるかということである。
 土木設備に代表される社会資本はその地点特性や時代背景をもとに目的が設定され,構造物は自然環境や社会環境等の「属地的条件」に適合すべく「オーダーメイド」で「単品生産品」である。類似品がないが故か,建設という過程で,「無名碑」(曽野綾子著)にあるように名前はないが,自分の思いを作品にして後世に残すべく情熱,愛情を注ぎ,達成感に満足してきたように思う。
 維持管理は,定常的で経年変化の時間レンジが長いため,ルーチン化に陥り易く,主語「I」や「愛」を失い忘れがちになりやすい。
 土木構造物は単品生産品であり,同一の人間がいない「人」に例えて見れば,実際災害といった事故による怪我,腐食等による病気,経年変化による老化やたまにぐれて設備支障(癇癪)を起こすものもある。維持管理は,子育て同様,愛情愛着をもって土木設備の特徴を十分把握して,時々刻々変化する状況を見守り対処していく必要がある。支障を来たす前の予兆を如何に早く発見するかといった設備に対する思いやりが大事である。ただ,土木設備の寿命は人間の人生よりもはるかに長く,設備管理する人が世代交代するという点に留意しておく必要がある。育児手帳ではないが,設備管理の記録(カルテ)の充実も忘れてはならない。
 技術継承における二つの『あい』は,教える側の「愛情」と教えられる側の「自ら」研鑚する姿勢が相まって効果が発揮することは言うまでもない。

4. 「読み・書き・そろばん」と即応力
 社会基盤施設の健全性を保ち次世代に継承するうえで,維持管理も保守計画〜補修工事までを一連のサイクルとしてみれば,建設と同様に『計画-設計-施工計画・積算-施工-監視(モニタリング)』の一貫した技術力が基本となる。加えて,災害等の非常時における即応力が問われるなか,技術の内製化という視点も重要である。
 技術継承に関する課題としては,コンピュータ依存,アウトソーシング化といった業務環境の著しい変化が技術の空洞化を招いている点が挙げられる。
 以前,ゼネコン出身の大学教授が,「社会人,技術者の基礎として『挨拶』と『読み・書き・そろばん』を徹底して学生に叩きこんでいる。」と言われていたのを思い出す。確かに発注者・受注者,企業間をつなぐ技術者の共通語として「読み・書き・そろばん」は,技術の基盤を成すものといえる。技術基盤の強化及び内製化に向けて,順序は少々異なるが自分なりに整理してみた。
 「書く」(設計図面を書く,契約書を書く,仕様書を書く等):自然及び社会環境等の「属地的な制約条件」により,常に「オーダーメイド」である社会基盤施設には,共通部分はあっても同一のものはない。マニュアル化できない部分が重要となる。仕様書であれば,特記仕様をどう縛るか,図面であれば,肝となる部分を自分で書くことで創意工夫が生まれるものである。特に既設構造物の改造,補修においては,現状と竣工図が異なることも多々あり,カット&ペーストでは気付かずポイントを見逃してしまいかねない。
◆「そろばん」(設計計算・解析をする,積算をする等):コンピュータ依存及びアウトソーシングによって-ブラックボックス化し,結果は出たが肝心なところを見落としていたことはないだろうか。社会に対する説明責任や合意形成を求められる機会が増えるなか,一般の方々にわかり易く説明にするには技術者として本質を理解していることが重要であり,特に質疑においてその技量の差が歴然と表れたりする。
 「読む」(文献及び設計図書を読む,工程をひいて先を読む等):設備保守には,調査・設計・施工・補修の状況・履歴を把握していることが前提であり,先人の設計計算書,工事記録を読み解かなければならない。プロジェクトを遂行するうえで,最終目標に向かってその過程をシナリオとして描く能力が必要不可欠であり,必要な項目を洗出して時間軸で示す工程をひく訓練も怠ってはならない。
 手書き,手計算の時代は,やり直しが嫌で労力を減らすがための知恵を働かした。結果,この知恵が技術の基盤になったように思う。土木技術者の人材育成は,料理に例えれば,レトルトに代表される外食産業ではなく,料理人が師匠の創った鍋の底の残りをなめて味を覚える職人の世界に通じるのではないだろうか。

5. 「継往開来」(先人の事業を受け継ぎ,発展させながら未来を切り開くこと)
 発電施設を含む社会資本の耐用年数は長く半永久的に使用される。その施設規模は大きく,性格上自然外力を直接受け止めるため,その機能を逸失して支障を来たした場合には,公衆被害,社会経済や自然環境に及ぼす影響は甚大で,設備管理に携わる技術者の責任は極めて重い。
 社会資本に携わる技術者が,先人の資産を受け継ぎ次世代に発展させながら引き継ぐには,技術力向上があっての資産継承でなければならない。自然外力の巨大化や発生頻度の増加に備えて,既設の資産価値を高める再開発(設備改造)といった場を創造し,若手の思考能力を高めていくことも必要である。結果,小さいながらも建設現場という技術習得の場につながっていくのではないだろうか。
 我々土木技術者の責務は重くその技術力を問われるなか,IT 技術による社会の情報化が進み,業務の効率化及び省力化に逆行する行為かもしれないが,非常時の即応力及び技術力向上に向けて,職人同様,地道な技術を積み重ねる努力の重要性を再認識する必要がある。

参 考 文 献
1) 土木学会誌特集:社会基盤の維持管理と再生を考える(2000.2),社会基盤メインテナンスの今とこれから(2001.12),社会資本へのアセットマネジメント導入に向けて(2004.8),技術の継承(2006.5),成功の秘訣教えます―失敗にみる成功の母―(2006.12)

     
     
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