会誌「電力土木」

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巻頭言

会誌 WEB 化によせて

 

金 子 岳 夫 東京電力ホールディングス? 技術戦略ユニット 土木・建築統括室長

2024年度から電力土木技術協会の会誌は WEB 化されます。会誌が WEB 化されることによる利便性の向上と収支改善の効果を考えると,新しい時代に向けて必要な変化であると考えます。印刷された紙面がなくなることには一抹の寂しさも感じますが,最後に巻頭言を執筆する機会に恵まれたことに栄誉を感じています。

 私の社会人としてのキャリアは1995年に東京電力株式会社に入社して,葛野川水力建設所で地下発電所掘削の工事・計測管理を担当したところから始まります。素晴らしい上司と同僚に恵まれ,私の技術者としてのバックグラウンドはこの地下発電所での経験を核としていますから,とても幸せな滑り出しだったと思います。1995年は,電気事業法改正(発電部門への参入自由化)により電力自由化が始まった年ですが,土木技術者としては耐震設計に対する考え方が大きく変わる契機となった阪神淡路大震災があった年でもあります。ここでは,電力土木技術者の立場から過去を振り返りつつ,現在の私が考えているところを整理してみます。

 私がキャリアスタートした1995年の当時,電力のピーク需要の高まりに対応するため,東京電力では塩原発電所(1994年運転開始),葛野川発電所(1999年運転開始),神流川発電所(2005年運転開始)のような大規模揚水発電所の開発プロジェクトが進行しており,土木新卒を多数採用していました。入社したばかりの私から見れば,プロジェクトの規模感も,戦後の水力発電の歴史を築いてきたベテランのストイックな仕事振りも,終業後の破天荒なスタイルも,「これはえらいところにきた・・」と思ったものです。自席で煙草をふかしながら,青焼図面に赤鉛筆を使い,ワープロ専用機の出力をスプレー糊で貼りつけた文書を作成していた1995年は,土木技術者が主体となって大規模プロジェクトにおける計画,調査,設計,施工のマネジメントを経験できる時代でもありました。

 その後,2000年代に入ると経済の低成長に加え,電力市場の自由化が更に進んだことにより,東京電力における電力需要の伸びが低迷したことを受けて,発電設備建設を繰り延べし,大幅に建設工事を減らしていきます。また,電力市場の自由化に対応するために,設備保全に係る効率化も図られていきました。東京電力社内を見渡すと,土木技術者として活躍できる場は少なくなったことは明らかで,海外事業も含めた新規事業や営業などの分野にもチャレンジすることが推奨されました。東京電力では,多くの土木技術者が既存の土木技術分野を離れ,新たな分野で活躍することになりましたが,加えてこの時期,新卒採用数を極端に減らしています。そのため,2024年現在も社員年齢構成に偏りが残り,40歳前後の中堅技術者不足が大きな問題となっています。社会の基盤を支える電力事業者としては,採用と育成計画の策定にあたっても事業継続を念頭におく必要があると強く感じています。

 2011年には,東北地方太平洋沖地震が発生しました。福島第一原子力発電所の事故を引き起こした当事者である東京電力としては,廃炉を含めた福島の復興に向けてグループ一丸となって取り組んでいるところです。福島第一原子力発電所事故を受けて2013年に定められた新規制基準では,大規模自然災害への対策が強化され,シビアアクシデントへの対応も必要となり,原子力発電所における安全対策工事では多くの土木技術者が活躍しています。

 2020年になると,当時の菅首相は所信表明演説で,国内の温暖化ガスの排出を2050年までに全体としてゼロにする,カーボンニュートラルを目指すことを宣言しました。それ以来,カーボンニュートラルの実現を目指して,CO2 に代表される温暖化ガスの排出を抑制するために,水力,太陽光,風力,地熱などの再生可能エネルギーに係る設備建設と,原子力の積極的な利用が社会から求められるようになりました。また,再生可能エネルギーの系統接続,電力消費量の大きいデータセンター建設計画等に対応するためには,電力流通設備の建設も急ぐ必要があります。様々な分野で建設工事が増加する兆しが明瞭になってきました。


 ここ数年,設備保全に加えて,カーボンニュートラル社会の実現に向けた再生可能エネルギー導入拡大,災害発生時において安定供給を確保するためのレジリエンス強化,原子力発電所の安全対策工事と放射性廃棄物処分に係る検討など,電力土木技術者に対するニーズの高まりを感じていますが,ニーズに対応しきれない状態が続いています。電力土木技術者の不足を訴えても,簡単に即戦力が集まる訳はありませんから,業務効率化とベテランも活躍できる環境整備に並行して,計画的な採用と育成が大切だと考えます。

 水力発電所の建設が主流であった時代は遠く過ぎ去り,令和時代の電力土木技術者の専門分野は多岐に亘り,いずれの分野も重要度が増しています。その全てに通じることは現実的ではありませんが,若い技術者のみなさんにも,自分のバックグラウンドと言える専門分野を持って欲しいと願います。そのためには,日々の業務に加え,技術図書の理解,報告/論文の執筆,技術士のような資格取得という技術力向上に向けた自己研鑽が大切です。業務のデジタル化が進み,先年話題になった生成 AI などに触れると,将来を見通すことは容易でないと改めて感じます。しかし,自分のバックグラウンドとなる専門分野を持つ技術者には,そこに至る過程において課題を解決する力,マネジメントする力が備わり,いかなる状況にあっても必要とされる人財となると私は考えています。

 電力土木技術協会の会誌 WEB 化は,過去の技術資料へのアクセスを容易にするものであり,会員のみなさんの技術力向上に一役買ってくれるものと期待しています。温故知新という言葉もありますが,巻頭言の依頼を受けてから,私自身 WEB 化された過去の記事を読み直してみました。1950年代から現在に至る電力土木に係る様々な計画,調査,設計,施工の報告/論文は非常に興味深く,貴重な技術情報です。また,カーボンニュートラルというキーワードを頻繁に耳にするようになったのはここ数年の話ですが,電力土木の中では1989(平成元)年には地球環境と CO2 抑制が話題として挙がっています。新たなものを積極的に取り込む私たちの偉大な先輩方の姿勢には,学ぶべきところが多くあると感じています。是非,若い会員のみなさんにも,積極的に利用して頂きたいと考えます。

 日本経済の絶頂期に入社した私たちの世代は,1990年代から現在までの所謂「失われた30年」の間に,日本経済を緩やかに後退させました。私たちには,次の30年が失われることのないよう時流を読んだリソース配分を行いつつ,将来の電力土木技術者たちを育成する義務があると考えているところです。


 最後に,本年 1 月 1 日に発生した令和 6 年能登半島地震にて被災されたみなさまに心よりお見舞い申し上げますとともに,一日も早い復旧・復興をお祈り申し上げます。

     
     
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