会誌「電力土木」

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巻頭言

電力土木技術者を30年やってみた

 

原口 和靖 関西電力? 原子力事業本部 副事業本部長/原子力安全・技術部門統括(土木建築) 兼務


 新年あけましておめでとうございます。

 さぁ2024年の幕開けです。今年はオリンピックイヤー!といっても,新型コロナウイルスの感染拡大の影響で開催が延期されるなどしたため,2021年に東京夏季五輪,2022年に北京冬季五輪,2023年に杭州アジア競技大会と,このところ毎年大きな祭典が続いています。(この他にも野球の WBC やラグビー W 杯などもありましたね)観戦する側としては楽しみが続いてうれしいことですが,選手の皆さんは成果を発揮する場には恵まれるものの,体調管理など,その準備は大変でしょうね。今年のパリではどのようなパフォーマンスを見せてくれるでしょうか。期待したいと思います。

 さて,今年の電力業界ではどのような動きがあるでしょうか?2050年のカーボンニュートラルの実現に向け,脱 CO2 等の環境配慮の取り組みはさらに広がり,洋上風力などの再生可能エネルギーの開発や電力の有効活用するための蓄電,系統制御技術等の進化も着実に進むでしょう。EV などモビリティの電動化の進展やデータセンター事業の成長など電力の需要側の変化も見逃せません。一方で,資源やエネルギー価格の高騰などエネルギーセキュリティの重要性も高まっています。まさにこれまで進めてきた S+3E の取り組みをさらに加速させていくことが求められる年になると感じます。すでに多くの方がこの巻頭言で論じられているように,電力土木技術者の果たすべき役割は多様化しており,電力土木技術者にとっても今年も多くの活躍の場がありそうです。こちらにも期待したいと思います。

 個人的なことになりますが,この 4 月には入社して丸34年になりますので,電力土木技術者を30年以上やっていることになります。あまり意識したことはないのですが,あらためて振り返ってみて,少し感じていることを書かせていただこうかと思います。新年早々とりとめのない文章になってしまいそうですが,おつきあいください。

 ひとことで電力土木技術といっても実に様々です。もともと土木技術自体が,非常に幅広い分野だと思うのですが,「電力」とつけてみても範囲が絞られるどころか,他分野では土木技術者の仕事ではない範囲にまで取り組んでいることが珍しくはありません。例えば,水力発電の現場では,「水力屋」として,電気工学の知識も要求されますし,原子力発電の審査では,地質や活断層の評価において,地質工学的な評価だけではなく,いわゆる「地質屋」としての理学的な知識も要求されています。発電以外でも,送配電はもとより,電力土木に入ると言っていいかわかりませんが,不動産やソリューション部門で活躍する技術者もいます。さらに働き方改革や生産性向上などの社会的要請にも応えて,DX への積極的な取り組みや環境への配慮など,様々な技術を取り入れて進化していかなくてはいけません。電力土木技術の一番の特徴は,その幅の広さにある,と言ってもいいのではないかと思っており,電力土木技術者には,目的のために必要なものは何でも吸収し,自分のものとしていく貪欲さ,柔軟さが求められているのではないでしょうか。

 電力土木技術の幅の広さが示すように,電力土木技術者の専門,経歴なども様々だと思います。誤解を恐れずに言うと,おそらく水力事業に携わっている方,携わった経験がある方が一番多いのではないでしょうか。これは,水力は初期の電力産業を支えた最も歴史ある国産エネルギーとして,古くから開発が進んでおり,現在では全国で1,700を超える発電所が存在(資源エネルギー庁2023統計)するのに対し,火力発電所,原子力発電所は合わせても500程度で,数でははるかにしのいでいることからも容易に想像されます。また,発電システムが比較的シンプルで,土木設備のウェイトが高いことから,土木部門で設備を所管されている電力会社も多いと思います。一方,火力発電所,原子力発電所は大型電源であることから,経営への影響度が高く,特に建設時の注目度は高いですが,運開後の土木部門の役割は限定的になりがちなことも関係しているのではないかと思います。しかしながら,原子力発電においては,東日本大震災以降,新規制基準における地震津波への設計配慮の必要性から,土木建築部門の果たす役割の重要性が増しています。さらに近年では,水力以外の再生可能エネルギーとして,地熱発電や風力発電,特に洋上風力への期待が高まっており,これからは再生可能エネルギー分野を渡り歩く電力土木技術者が増えていくのかもしれません。電源以外にも送配電部門や将来的には蓄電ビジネスなどでも力を発揮できるかもしれません。電力土木技術者の活躍の場もますます広がってきています。

 活躍の場といえば,私のような電力会社の社員は,会社に入って決まった配属でキャリアをスタートし,異動を繰り返すうちに徐々に専門性が出てくることが多いように思います。つまり,水力をやるのか原子力をやるのか,などはその時の状況やタイミングなどの外部要因によって決まり,気がつけば,その道の専門性を有することになっていた,ということが多かったのではないかと思います。今では,業務のチャレンジ制度など,希望する職種に挑戦することもできるようになっている場合もあるようですが,電力土木技術者は,土木技術という共通の基盤は持つものの,業務を通じて様々に成長をしていくんだなぁと感じています。私の場合は,原子力関連の業務経歴が一番長いのですが,残念ながら新設プラントの建設の経験はありません。しかしながら,阪神大震災(兵庫県南部地震)と東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)の 2 回の大震災を経験しました。1 つは,原子力耐震の世界に入るきっかけ?になった地震で,自らも被災する中,復旧にまい進する電力会社社員の底力を見せつけられ,自分もその一員なんだと,震源地を調査し,学会等をはしごして,地震とは何か,どう備えるべきなのかを真剣に考えた経験によって,その後の電力土木技術者としての核のようなものができた気がします。もう 1 つは,新増設の計画が進まない中,これまでの経験が無駄ではなかったと感じた地震で,全国の原子力発電所が停止する中,震災直後のストレステストやその後に制定された新規制基準の本格的な審査を初めて経験しました。全社からの後押しを感じる中,合言葉は「日本のために」。電力土木技術者としての使命感で突っ走ることができたのかなと思います。

 また,もう一つ技術者として大きく変わるきっかけになった出来事が美浜 3 号機の事故です。二次系配管が破損し,噴き出した高温高圧の蒸気により,5 名もの方が亡くなり,6 名の方が重傷を負われる事故でしたが,その原因となったのは,破損した配管箇所が点検リストから欠落していることに気づくことができなかったことでした。発電所には様々な土木構造物がありますが,建設所から発電所に引き継がれた後もしっかりと保全できているのか?造ったものには責任をもって保全するのが当たり前ではないか?そのような疑問から,発電所に土木建築課をつくって土木技術者も配置し,必要な予算を確保するなど,当たり前のことが当たり前にできる体制を整えました。どうしても建設と保全を比べると,建設に陽があたりがちです。「地図に残る仕事を」,なんてよいキャッチフレーズですよね。当社に入ってくる新入社員もモノづくりに燃えており,大きなプロジェクトに携わりたいという希望をもっています。当然,「未来」のためにも成長は必要で,「挑戦」はわが社の DNA です。一方で,会社の安定は,「今」に支えられており,収入の源泉は発電所の安全・安定稼働です。火力発電は比較的設備更新が進んでいる気がしますが,100年を超えてくる水力発電や一部60年を超える運転が可能になった原子力発電など,高経年化する設備の維持管理はこれからも大切なベース業務です。また,せっかくつくっても保全しにくい設備はいずれ経済性を阻害します。建設(設計)の段階も含め,保全はもっと重要視されるべきではないか,地味であるがゆえにもっと評価されるべきではないか,と感じています。使命感だけではなかなかモチベーションは上がりません。熱くいろいろなことに挑戦できる保全の現場づくりが大切だと思っています。

 最後にもうひとつ,よかったと思うことをあげさせていただきます。原子力土木分野は,規制対応の必要性からか,研究や基準類の整備など共通の課題への対応や規制対応情報の共有など横のつながりが比較的強く,若手のうちから他電力の皆さんとご一緒する機会に恵まれました。幸か不幸か,また元の職場に復帰したことで,縁が再びつながりましたが,人と人とのつながりが自分の財産になっているとつくづく感じます。電力自由化の競争環境下では,電力会社員としては自由におつきあいすることはなかなか難しくなってきました。しかしながら,エネルギーの安定確保は持続的な経済成長に必要であるとともに,国家の安全保障上の重要な使命であり,その使命を全うすべき電力土木技術者は,お互いにライバルでもあり,同士でもあります。電力土木技術協会には,我々技術者の技術の研鑽や交流において引き続きご尽力いただきたいと思います。

 先日,福島第一発電所を見学する機会がありました。震災後,4 回目の訪問でしたが,来るたびに現場環境の変化に驚かされます。処理水の放出という大プロジェクトを成し遂げた皆さんの表情は明るく,電力土木技術者魂を見た気がしました。今なお復興に取り組んでいる仲間に敬意を表するとともに,今後の協会の発展と会員の技術者の皆様の今年一年のご活躍とご多幸をお祈りして,結びとさせていただきます。

     
     
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