会誌「電力土木」

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巻頭言

就任のご挨拶

 

小井澤 和明 (一社)電力土木技術協会 副会長 兼 専務理事

5 月の電力土木技術協会総会及び理事会におきまして副会長兼専務理事を仰せつかりました小井澤と申します。

 社会人のスタートを切ったのが当時の資源エネルギー庁水力課で,その時お世話になった電力土木技術協会で再び働くことになったのも何かのご縁かと感じております。
 通産省,経済産業省では,水力以外に地熱開発,石油備蓄,地方経済産業局の資源エネルギー部や新エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)でのエネルギー技術開発,地球温暖化対策,日本のエネルギー技術の海外移転なども経験いたしました。その後,千葉県の都市ガス会社に10年余り勤務し,現職に就くこととなりました。これまでの社会人生活の過半でエネルギーの様々な分野を経験してきたことになります。
 この間,エネルギーをめぐる環境は大きく変化してきました。そして今後も変化が続いていくことになりますが,その方向を予測することは現状では極めて困難です。
 現状では,地球温暖化への対応が世界的課題となっていることはいうまでもありませんが,例えば2050年カーボンニュートラルに向けての具体的道筋は不明確です。多くの関係者がそれぞれ様々な方法で努力を続けていますが,各国がそれぞれの事情を抱えたうえでの極めて政治的側面もあり,実現に向けての課題は山積しています。

 技術開発とその成果の実用化に大きな期待が寄せられていますが,これもそう簡単ではないと考えるべきでしょう。例えば太陽電池。原理は昔から知られており多くの国で技術開発が進められていましたが実用化には至らず手を引いていく中で,日本だけが政府の支援を受けてではありますが,京セラ,シャープ,三洋電機といった企業が長年にわたり地道に努力を続けて実用化技術を完成させ,ドイツなどの FIT 制度の開始と相まって今世紀初頭から世界中で急速に普及していきました。その中で世界中の多くの企業が参入して価格競争が進み,世界トップシェアの企業は日本からドイツ,アメリカに変わり,近年では中国製が政府の支援も受け圧倒的トップの位置にいます。しかし,その技術は従来からの結晶シリコンを用いたものが圧倒的に多く,そのほかの製品も市場には出ましたが価格競争力の中で撤退を余儀なくされていきました。ただその背景には日本企業の努力があったということは誇りにして良いと思います。日本でも結晶シリコン以外の太陽電池の技術開発は様々手掛けられ,20年位前からは原理の全く異なる色素増感太陽電池に多くの化学系研究者が挑戦し,今その一種であり,桐蔭横浜大学の宮坂先生が中心となって開発したペロブスカイト太陽電池に期待がかけられていますが,まだ課題もあり本格的普及には時間がかかるものと考えられます。
 さらに,蓄電池も自動車用を中心に世界中で開発競争が続いており,画期的なものが実用化されればエネルギーの世界を大きく変えることになると期待されています。一方,トヨタグループの創始者である豊田佐吉が今から100年ほど前に「水力発電による電気を蓄電池に貯め,電気自動車を作る」ことを目的に多額の懸賞金をかけて「佐吉電池」の技術を募集しましたが,その時提示されたスペックは残念ながら今でも達成できていません。現在トヨタ自動車は現在の蓄電池の性能を大幅に向上させるべく,全固体電池の開発に取り組んでおり世界中から注目されています。これは現在主流のリチウムイオン電池の電解質を液状ではなく固体化するもので,画期的技術であることは間違いありませんが,元となるリチウムイオン電池については2019年に旭化成の吉野彰博士等がノーベル化学賞を受賞したものであり,研究開発は1980年代から始まっていたそうです。
 ICT 分野,医療分野などでは従来にない付加価値を持つ技術開発成果が次々に登場していますが,エネルギー分野で革新的技術はなかなか生まれていません。すでに高品質で安価なエネルギーが既に存在している中で,それに代わる新しい技術を開発するのはそれだけ難しいことなのだと思います。お金さえかければできるというものでもありません。

 悲観的なことばかり書いてしまったような気がしますが,地道な研究開発の継続と日本のモノづくり技術の重要性は,たとえ2050年に間に合わなくても必要不可欠だということが趣旨です。

 いずれにせよ,今の努力を続けるとともに私たちの暮らし方や産業のあり方など社会システムを変えていく覚悟が必要になってくると思います。そうした中でエネルギー産業がどうあるべきかも問われています。二酸化炭素を多く出しているエネルギー産業として自ら脱炭素を目指すことは当然ですが,例えば私がいた都市ガス業界は化石燃料そのものが製品ですので強い危機感を抱いています。高温の熱需要の多い産業では都市ガスは欠かせないエネルギーですが,ヨーロッパでの議論などを見ると将来的に天然ガスが使えなくなるかもしれず,水素と二酸化炭素を合成してメタンを作るメタネーション技術などに積極的に取り組んでいますが,現代と同程度の価格にするには大きな課題があります。その他,鉄鋼,石油化学,セメントなどの産業もそれぞれ課題を抱えており,モノづくりで発展してきた日本の産業が今後どうなっていくのか,心配な点は多くあります。
 その中で電気事業は再生可能エネルギーによる供給が可能ですし,電気に代替できるエネルギー源はないので産業そのものがなくなるなどということは考えられませんが,あくまで国民生活や産業があってのもので日本経済が厳しくなる中で電気事業だけが発展するということはあり得ません。
 また,地球温暖化への適応も考慮すべき大きな課題だと思います。今年の夏,東京は毎日暑い日が続きましたし,各地で水害も発生しました。すべてが地球温暖化由来かは不明ですが,2050年カーボンニュートラルが達成できるにせよ,今後30年近くは地球温暖化が進行していくことになります。農林水産業への影響が大きいのをはじめ,冷暖房需要の変化やハザードマップの見直し,あるいは河川流量も見直す必要があるかもしれません。こうした変化にいかに対応していくかは,今から念頭に置いておくべきだと思います。
 長期的に広範囲の視点で電気事業の今後を考えること,もちろん今答えが出るわけではありませんが,そんな青臭い議論をして将来の変化に対応できる柔軟性を持つことは不可欠だと考えます。

 大風呂敷を広げすぎてしまいました。
 電力土木技術協会として,今後会員の皆様のためにできることは何かを考え,実行に移すことが私の役割と認識しておりますが,その前提としてこんなことも考えているというご紹介です。
 当協会は1952年(昭和27年),水力発電が主力電源であった時代に発電水力協会として設立され,1977年(昭和52年)に現在の名称となった歴史ある組織です。
 水力発電は,以前に比べ再生可能エネルギーという点での付加価値は高まったものの,国内に大規模な開発地点がほとんどないという点で,残念ながら他の電源と比べて評価が低くなってしまっています。しかし,中小水力の開発余地はまだ多く新しい開発主体も出てきています。また,既存の水力発電所は開発時点ではコストが高いとの評価があったかもしれませんが,今では貴重な日本の財産となっています。今後長期にわたって適切な維持管理が必要ですし,場合によっては再開発によって付加価値を増加させることも考えられます。また,ビジネスとして課題はあるかもしれませんが,海外から高く評価されている日本の技術を国際展開していくことも,地球規模での国際貢献という点で必要になってくると思います。
 当協会では,こうした事例を会誌をはじめ様々なイベントなどを通じ会員の皆様に紹介しております。特になかなか現場での経験を得ることのできない若手技術者の方への技術の伝承という点でも価値があると考えています。
 もちろん,水力発電以外の分野で活躍されている会員の皆様にも役に立つ組織でありたいと考えております。
 来年には会誌の全面的な WEB 化を予定しています。不便を感じる方もいらっしゃるかと思いますが,デジタル化の流れの中で必要なことですし,また,WEB 化によって新しい情報発信の可能性も広がるものと期待しています。
 会誌の充実以外にも会員の皆様方のご意向を踏まえ,より皆様方が期待される協会を目指してまいりたいと考えておりますので,今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

     
     
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