会誌「電力土木」

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巻頭言

改めて「論語と算盤」

 

北海道電力? 執行役員土木部長
松 村 瑞 哉


先日,私の父(85歳),妻,息子(26歳)と私の 4 人でゴルフをしました。
 数年前から我が家の恒例行事になっており,親子 3 世代で楽しんでおります。父は高齢なので,いつまで続けられるかわかりませんが,この日を楽しみに冬もウォーキングに励んでいます。
 突然,こんな話からスタートしてしまいましたが,この事を通じて,二つのことを感じています。

 一つ目は,「数字」についてです。世代が全く違う 3 世代であっても,ゴルフと言うスポーツの中では,同じルールの下で,各自がベストスコアを目指します。18ホールを14本以下のクラブで,皆同じように一打ずつカウントしていきます。当たり前ですが,数字で表される事項は,世界中の老若男女すべてに共通します。
 二つ目は,「道徳」についてです。父は,高齢のためプレイスピードがやや遅くなってしまいます。それでも,息子や私が父のクラブを持っていき,できるだけ体力を消耗しないように気遣いや声掛けを行います。一方,父も息子の成長を喜び,ゴルフの進歩を褒めたりしながらコミュニケーションを図っていました。
 世代も体力も異なる家族 4 人が,それぞれの目標に向かって,同じスポーツを共に楽しめたとても良い時間となりました。

 話しは変わりますが,昨年の NHK 大河ドラマで放送された「青天を衝け」は,大きな話題となり,ご覧になった方も多いのではないでしょうか。日本資本主義の父と称される渋沢栄一の一生を描いたドラマですが,彼の著書である「論語と算盤」は,1916年の刊行にも関わらず,現代においても多くのビジネスマンのバイブルとされています。先行きが見えない今だからこそ,この意味を考えていきたいと思います。

 昨今の世界情勢は,私たちが過去に経験をしてこなかったことが次々と起こっています。自然災害では,東日本大震災以降も日本各地で多発している大きな地震,ゲリラ豪雨のような洪水被害も毎年のように起こり,甚大な被害を発生させております。北海道においても,2018年の北海道胆振東部地震や爆弾低気圧による洪水等の被害,さらに今年は記録的な大雪に見舞われ,私たちの生活にも大きな影響をもたらしました。世界を見ても,地震,津波,台風,寒波など自然災害による被害が年々多くなっております。
 また,私が土木部長に就任(2020年 6 月)以降の 2 年間は新型コロナウィルス対策がすべてに優先されてきた状況です。緊急事態宣言,まん延防止等重点措置により,出張の自粛,テレワークの導入,時差出勤など働き方も大きく変化しました。飲み会の自粛,マスク生活により,人との距離が遠くなり,コミュニケーションの工夫が課題となりました。
 さらに,今年に入ってからは,ロシアによるウクライナ侵攻があり,戦争が始まってしまいました。日本で平和に生活していると戦争が本当に起きてしまうことが信じられませんが,悲しいことに今も戦争は続いています。

 このように不安要素の多い社会環境ではありますが,一方では世界中が目指す SDGs における取り組みも待ったなしの状況です。SDGs は,皆さんもご存じの通り持続可能な開発目標の略称であります。2015年の国連サミットで採択されたもので,国連加盟193か国が2016年から2030年の15年間で世界での達成を目指しています。17の大きな目標と169のターゲットで構成されており,この中から私が特に関心をもった 2 つの目標について,身近な問題として考えてみました。
 一つ目は「7. エネルギーをみんなにそしてクリーンに」の項目です。地球温暖化防止に向けたカーボンニュートラルは世界規模で果たすべき役割と認識されており,電力各社を含む多くの企業も鋭意取り組んでおります。電力土木部門の仕事も,以前の水力・火力・原子力の電源開発や保守をメインとした仕事から土木技術を活かしながらも再生可能エネルギーなどの幅広い仕事に変化しています。また,電力自由化以降,一般電気事業者以外の様々な事業者の参入により,エネルギー競争の激化が年々進んでおります。こうした中,さらに燃料価格の高騰や自然災害のリスクもあり,企業環境は厳しさを増しております。しかし,私たちは,どんな状況であっても,エネルギーの安定供給確保とセキュリティ確保を忘れてはならないと思っております。
 二つ目は,「8. 働きがいも経済成長も」の項目です。いろいろな世代の人たちが,働きがいのある人間らしい仕事につく環境を整えていくことが課題です。前述した新型コロナウィルス感染対策によるテレワークやリモート会議の拡大により,会社に出社しなくても仕事は成立することとなりました。また,労働時間の制限などが法令化され,いかに時間内で仕事を進めるかが重要となり,IT 化や DX の進展によって効率化はさらに加速されています。また,こうした急激な変化により,世代間によって働き方への考え方に大きな違いがみられると感じています。何よりも仕事を優先させ,長時間労働,永久就職が当たり前であった時代から,時間内で労働し,プライベートな時間を大切にする,状況によっては転職もありえる時代へと様変わりしています。こうした多様な考えがみられる現代において,すべての人がその人らしく働きがいをもって仕事をし,さらに経済発展につなげていくためには,今までの常識に捉われない新しい仕組みづくりも必要なのかもしれません。

 ここで,電力土木技術者として私なりに「論語」と「算盤」について,考えてみました。
 まずは,「論語」です。論語は孔子と弟子の会話を記したもので,人としての物事の考え方や道徳などについて述べられております。「温故知新」(故きを温ねて新しきを知る)という言葉は皆さんもご存じのことかと思います。道徳について,ここでは社会的常識やマナー,対人関係とさせていただきます。我々,電力土木関係者は技術者であり,基本は土木工学などの学問を学び,調査・設計・解析・建設・保守・研究などに携わっている方が大多数と思います。我々は,技術者として高い専門性を追求することに重きを置き,時として他者への説明が不十分となり,理解されにくい面もあったかと思います。しかし,他人は自分とは違うということを念頭に置き,日頃からわかりやすい説明を心掛け,信頼関係を築いてコミュニケーションを図ること,つまりは道徳を重んじることによって,同じ目標設定が可能となり,良い成果をあげることができるのではないでしょうか。

 次に「算盤」です。ここでは数字について考えてみます。数字はビジネスやその他の社内活動の中でも,世界唯一の共通言語です。会話では,どうしても曖昧さや感情などによる表現が多くなってきますし,国際ビジネスでは言語の違いもあります。最近,私が読んだ安藤広大さんの「数値化の鬼」には,「すべては数字で表現する,感情ではなく数字で考えること」がビジネスの中では重要で,それが「仕事ができる人」とありました。目標設定時に,「できるだけ頑張る」ではなく,「○○をいつまでに△△までやる」と明確に数字で表現します。さらに,会議時間やプロジェクトのスケジュールを明確化することにより,全員が共通の時間管理をすることができます。当たり前のことのようですが,振り返ってみると私自身も,抽象的な表現であったためにお互いの認識にズレが生じていることがありました。全てを数字化すると,事実と向き合わなければならなく,そのため冷たい印象があるかもしれません。しかし,働き方が変化し,個人の考え方が多様化している今だからこそ,すべての人に共通である数字で表すことは,誤解や勘違いを生まないために非常に重要であると思われます。そして,このことが仕事の質や効率を向上させ,有意義な時間の使い方につながります。

 渋沢栄一の「論語と算盤」では,資本主義経済において,単に数字の結果だけを追い求めるのではなく,その背景は道徳に寄り添っているかを考えるという理念があります。「論語」と「算盤」は一見相反した事柄のように見えますが,この二つが融合することこそが大切であるとされているのです。常に,スピード感をもって結果が求められる現代の働き方においても,公益を満たすものかを忘れずにいたいものです。
 私たちの仕事は,個人が専門性の高い知識や技術でより高い結果を求めていく一方,他のメンバーとコミュニケーションを図りながら,チームとしてさらに発展させていく必要があります。そして,そこに公益性が満たされているのかを忘れてはなりません。私自身も迷ったときには,改めて「論語と算盤」の考えを意識しながら仕事や日々の生活に取り組んでいきたいと思っております。

 2024年には,渋沢栄一さんのお顔が印刷された新一万円札が発行されるようです。お会いできる日まで,「論語と算盤」の精神を忘れずに日々の仕事に励み,また家族とのゴルフも続けていきたいと思います。

     
     
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