会誌「電力土木」

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巻頭言

これからの AI とのおつき合い

 

中村 進

(一財)電気工事技術講習センター 理事長

【世は IT そして AI 活用時代】
 第四次産業革命,society5.0,デジタルトランスフォーメーション(DX)といった言葉を目にしない日はない。
 第一次産業革命では水・蒸気を動力源とした機械化が,第二次産業革命では電気という動力により大量生産が,第三次産業革命では IT 技術の導入を通じて情報処理の発展と自動化が,それぞれ可能となってきた。今我々が真っただ中にいるとされている第四次産業革命はあらゆる産業分野が「デジタル化」「ネットワーク化」「自律化」する産業革命であり,その将来像たる society5.0は,社会が,狩猟社会(society1.0),農耕社会(society2.0),工業社会(society3.0),情報社会(society4.0)と展開してきて,次なる世代は「必要なもの・サービスを,必要な人に,必要な時に,必要なだけ提供し,社会の様々なニーズにきめ細やかに対応でき,あらゆる人が質の高いサービスを受けられ,年齢,性別,地域,言語といった様々な違いを乗り越え,生き生きと快適に暮らすことのできる」社会とされ,その実現に向けて IT 化が進展する時代となっている。
 そういったデジタル技術・デジタル活用技術の中でも,AI,IoT,ロボット,ドローン,5G といった技術は将来性あふれた花形ツールであり,中でも AI は,「人々の生活を支え,感動を与え,人手不足解決のカギを握り」,将来の大変革の中核を担うと目されている。いやそれどころか,遠くない時期には AI の知能の総和が人間の知能の総和を上回るシンギュラリティの時代になると予測されている。
 我が国は,社会各分野で,急激な少子高齢化や労働人口の急減による猛烈な人手不足に見舞われ,その対応としても,さらにまた働き方改革のためにも,あらゆる分野,職種・職場で IT 技術,就中 AI の活用が期待されている。特に地方においては,顕著な人手不足に加え,大幅な人口減・需要減から各種投資を抑制せざるを得ないといった課題にも,AI が効率的で有効な解決手段であると期待されている。
 昨今の AI の急速な進歩は,将棋の世界などの例を引くまでもなく,目を見張るものがある。
 AI は要すれば「コンピューターで,記憶,学習,推論,判断など人間の知的活動を代行できるようにモデル化された技術」だと思うが,AI の歴史を紐解くと,基本となる AI のロジック,アルゴリズムに関する進化の時期を経て,近時は,長足の進歩を遂げた超小型高性能省エネセンサーからの膨大なデータを,ドローンといった手段で幅広く精度良く計測収集し,IoT を用いて大量搬送し,得られた大容量画像データなどを含むビッグデータを飛躍的に容量が巨大化したメモリーに蓄積し,サーバーの処理・演算速度の高速化により深層学習機能―ディープラーニング,自己学習機能を有した AI で得ようとする答えに結びつけ,多様な進歩を遂げた端末側機器により容易に見える化出来るようになった。
 新聞でも,市場に出るようになった多種多様な AI サービス・商品の広告を頻繁に目にする。AI×IoT,×ドローン,×ロボット,×ドローン×ロボット…。AI×ドローン×ロボットといえば,水力ダムの水中点検ロボット-ドローンの制御技術を使い,集めたデータを AI で点検保守の判断をするといった装置を見る機会があった。展示はダムの水没部位用のものであったが,海沿いの発電所の水中構築物など,劣化し易く点検に苦労し,補修中の事故も懸念される悪環境下での点検保守にも大いに活用できるのではとの期待を持った。
 AI には利用のメリットも大きな半面,悪用といった負の側面も気になる所であり,また「人の感情はくみ取れない」「創造的なアイデアは出せない」といった限界も語られる所であるが,今回は,技術的な活用という切り口で,感じたことを趣くままに書いてみたい。
【AI と技術伝承】
 そもそも AI を活用して我々が将来に受け継ぐべきものは何か。広く世界の中の日本という目で見ると,日本の価値,他国と差別化できる価値の源泉が品質を実現する人の知識にあるとするならば,IT によって知識と技術を継承していくことが,日本の技術の将来にとって不可欠であろう。比較してみると,ドイツの価値の源泉は機械設備,米国はデータが価値の源泉と言われる。それらがそれぞれの国の競争力の源泉であり,得意なアプローチ,ともいえる。この日本の得意とするところを,如何に将来に向けて柔軟な形で,繋ぎ,伸ばし,発展させていけるのか,その際の AI 活用方策は?
 技術伝承をナレッジマネージメントとして見ると,優れた技術を有する個人の暗黙知を形式知化し知識データベースに累加し活用していく。であろうか。形式知化していない暗黙知を継承することは組織にとって容易ではない。しかし有能な人は多忙であり,自身の貴重で俗人的な知恵でもある暗黙知を形式知化する時間は無い。そんな課題を,社内外のデジタル人材,AI 人材と協働することにより,「見て」「聴いて」「触って」分かることを,画像や音声・音響等のセンサーデータに落とし込み,日報・マニュアル・施工記録といったテキスト化された社内データと共にアーカイブ化し,さらに国内外に亘る学術論文や社会の基盤データ,オープンデータ化された行政データなども含めて統合されて出来る知識データベースを活用して,AI に推論仮説プロセスを行わせ,人材育成方策や,継承すべき知の再現に繋げて行く,といった活用が出来るようになってきており,今や AI 活用時代の技術伝承は,どういったツールを導入していくかの段階に達しつつあるようである。
 とはいえ,技術伝承で特に難しいのは,究極の勘,こつ,加減,すりあわせ,ノウハウなどセンサーでは拾い難く数値や言葉では表現しにくい感覚的な暗黙知であり,それらの形式知化は,AI をもってしても難しいとされており,実際,AI を活用した技術・技能伝承が不成功に終わった例も多いと聞く。現時点ではまだまだ AI は使い勝手が良いといったレベルではなく,成功例では,技術者側が引き継ぐべき技術・技能自体と伝承上の課題を体系的に整理し,AI はその体系を踏まえて得意とする参考事例や思考プロセスの見える化を図るなど,両者の協働とその根気強いフィードバックの繰り返しによって,ようやく達成されているもののようである。
 しかも,これらの事例も製造業が中心であり,電力土木技術のように,非量産型で自然相手の大規模プロジェクトで,プロジェクトごとに設計が変わり現場ごとの対応も異なるといったいわば一品生産ものの技術伝承における AI の実用的活用には未だ時間がかかりそうである。ただ,維持管理,保守の領域では,繰り返し型の知能の蓄積に対して効率化をもたらす AI の活用が十分可能であり,AI を活用した新たな現場力向上への挑戦が期待される。
 もう一つ,安全に関する技術伝承について考えてみると,機械設備の性能がかつてに比べ格段に向上し,トラブルが減少してきたため,事故や故障・トラブルの発生確率が格段に減少し,さらに又ある分野の成長の鈍化による投資・建設機会の減少といった環境が加わって,現場技術者もエンジニアも事故や故障に遭遇する機会が減少してきている。他方,現実にはヒューマンエラーや機器設備の故障はゼロにはならない。その結果近時は比較的軽微なトラブル対応にスムーズさを欠く事例も出てきているようである。かつての人間の失敗の経験値をも取り込み,分野や業種を跨ぎ,横断的技術別といった形で,安全やリスクデータが共有知化・知識データベース化され,安全性向上の分野でも AI が大きな役割を果たしていくことを期待したい。
【AI と判断】
 AI の技術分野への活用で懸念を感じるのは,AI の利用の普及につれて判断に関するノウハウがブラックボックス化し,我々の判断能力自体が落ちてしまうことである。AI ツールには様々の性能,目的のものがあるが,ディープラーニングという手法を活用しているものは,多層構造のニューラルネットワークに大量の画像,テキスト,音声データなどを入力することで,モデルがデータの構造,データに含まれる特徴量等の各層で自動的に学習する,或いはルールデータを学習することにより,新たな知見を提供するものと理解できるが,AI には,最後の判断結果だけを示すようなもの,判断の根拠を一定程度示すことができるもの,さらにはプライオリティを示しつつ判断結果の選択肢を挙げるようなもの(それはもはや AI ではないという見方もあるようだが)など多様なものがあるが,大量の各種データを学習させることにより単純に結果を示すものが一般的で,結論の選択肢を示し人間の最終判断を仰ぐといった AI は必ずしも一般的ではないようである。
 しかし,大きなプロジェクトの大きな節目になる部分,技術的な中核部分,環境が変わった時にコアな部分に関する判断を変えるかどうかを見極める必要が出て来る場合,あるいは総合的な判断に関する部分,そういった節目節目に関する判断については,意図して,判断の選択肢(とその確からしさの確率)などを示させるようなツールを使う。といったように意図して AI を選び,使っていくべきではないかと思う。
 ブラックボックスの中で処理され,判断の根拠を内包して表から見えない AI を使い続けると,我々が有していた設計,判断基準,判断内容といった重要な部分の思考・経験機会を失ってしまうことになり,その伝承もできず,環境変化や技術変化に対応できなくなってしまう虞れを感じる。技術者が技術者であり続けるために,技術的判断は,人間側に留保出来るようにしておきたい。
<結語>
 デジタルトランスフォーメーションの時代,積極果敢に IT 技術を活用しデジタル化を進め,中でも AI という人間代替の技術を用いて,現時点ではまだかなりの努力と困難が必要とされる技術伝承にもその活用を図って行くことは,現下の時代環境を考えると不可避であり,格段に進歩した AI の果実は大いに活用すべきであろう。
 ただ,AI の活用に際しては,“判断”という,シンギュラリティの時代になっても人間に附託された頭脳行為が,後代においても適切な判断が出来るよう,活用する AI を選び,活用の仕方を考え,判断を我々の手中に残しつつ涵養していきたいと思う。膨大な知の蓄積とそれらを自然と社会といった系の中で将来的にも最善の設計を尽くすことを求められている電力土木技術の神髄が,パターン化され,単純化された技能になってしまわないよう,将来に禍根を残さないよう,AI を活用していきたいものである。

     
     
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