会誌「電力土木」

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電力土木回想

〜私の土木屋人生を振り返って〜

 

松蔭 茂男

中国高圧コンクリート工業? 取締役社長

1. はじめに
 私は,島根半島の日本海に面し,沖合約50 km に隠岐の島が見える村で,三人兄弟の末っ子として生まれた。小さいころから母に「お前はこの家を出ていくことになるから,何でも自分でできるようにして,手に職を持ちなさい。」と言われ,掃除や洗濯や裁縫など自分のものは自分でやり,家の手伝いは,畔造り・田植え・稲刈り・脱穀,天然わかめ刈り,和牛の餌集め,薪割り・風呂焚きなど,色々なことを経験した。将来は何になろうかと考えていたが,小・中学校での鮒と蛙の解剖で,血と動く心臓を見て,俺は医者にはなれないと思った。叔父に船乗りがいいぞと言われていたが,父の一本釣りの船に乗って沖に連れて行ってもらったところ,ひどい船酔いになり陸に上がっても気分が悪く地面が揺れていたので,船員も無理だと悟った。ある日,家の前の砂浜に行くと,伝馬船を係留する石積みの波戸の工事をやっていた。大きな作業船が,大きな岩を吊り上げては卸して築堤していた。その大きさに感心し,少しずつ形になっていくのを見て,「これだ!」と思った。
 高校は理数科に進み,大学はすぐ上の兄が働いていた大阪に憧れ,大阪大学の土木工学科に入った。土質研で土木屋の卵に育ててもらい,早く手に職をつけたかったので大学院には行かず,故郷の電力会社=中国電力?の試験を受けた。合格して昭和53年 4 月に入社し,そこから私の土木屋人生が始まった。中国電力に38年 3 カ月勤務し,平成28年 6 月に退職してエネルギアグループ企業に移り,現在に至っている。これまで約40年の土木屋人生で,数多くの経験と失敗と反省をしてきた。それらを紹介させて頂くが,電力土木技術者の皆様に参考となれば幸いである。

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