会誌「電力土木」

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巻頭言

電力土木の魅力

 

千田 善晴

九州電力? 上席執行役員 テクニカルソリューション統括本部 土木建築本部長

 電力土木を取り巻く環境は大きく変化している。
 SDGs や EGS 投資に代表される持続可能な社会の実現。これは,いまや世界の共通言語といっても差し支えない。また,今夏の欧州熱波や世界各地での異常気象の原因ともされる地球温暖化。日本の温室効果ガス削減目標は,2030年度に2013年度比で▲26%。ICT・AI などテクノロジーの急速な進化。少子化に伴う人口減少問題。
 電力業界においては,電力自由化に伴う競争の激化・送配電部門の分社化など。
 しかしながら,いつの時代も環境変化はつきものであり,この変化をチャンスととらえるようにしたい。

 このような環境変化の中,弊社ではこの 6 月にグループ経営ビジョンを策定した。
  2030年の在りたい姿「九州から未来を創る九電グループ 〜豊かさと快適さで,お客様の一番に〜」
 そして,このビジョンの実現に向け,以下の 3 つを戦略としている。

  戦略?:エネルギーサービス事業の進化
     ―低炭素で持続可能な社会の実現に挑戦し,より豊かで,より快適な生活をお届けします―
  戦略?:持続可能なコミュニティの共創
     ―九州各県の地場企業として,新たな事業・サービスによる市場の創出を通じて,地域・社会とともに発展していきます―
  戦略?:経営基盤の強化
     ―経営を支える基盤の強化を図り,九電グループ一体となって挑戦し,成長し続けます―

 現在,2030年に向けて全社一丸となって取り組んでいるところである。そのなかで,土木建築技術者として果たす役割は大きなものがあると感じており,このことについて,少し触れてみたい。

戦略?:エネルギーサービス事業の進化
 電力会社にとって,低廉で良質なエネルギーを安定してお客さまにお届けするという使命は変わらない。
 そのためには,優れた安定供給性と温室効果ガスを排出しない原子力の安全安定運転が不可欠である。継続的な安全性向上を求められる原子力において,地震・津波・火山といった自然現象への対応は,土木建築技術者の重要な役割であり,理学の分野の知恵を工学の分野へ融合し,実際の発電所としてつくりあげ,維持管理していく。その技術の広がり,深さは今後も求め続けられるものである。さらに,まだまだ原子力への不安が大きい中,専門家だからこそ,よりわかりやすく説明するコミュニケーション力も求められている。
 国産エネルギーとして古くから開発されてきた水力発電所の重要性は今後も変わることなく,適切な維持管理を継続していく必要がある。しかしながら,経年化が進む中,激甚化する自然災害への対応と電力自由化における一層のコスト低減といった一見相反する対応をしなければならない。ハード対策とソフト対策の組み合わせ,それこそ技術者としての知恵の出しどころである。
 また,今後の再生可能エネルギー開発の主要な位置を占めると考えられる洋上風力においても,開発が先行している欧州とは違い,頻繁に襲来する台風や日本沿岸の複雑な地形・地質に対応した設計・施工が必要であり,今後風車が大型化していく傾向にある中,ここにも活躍の場がある。
 さらに,国内で培った技術を活かし,海外へ発電事業を展開していく。今まさに成長を遂げようとしているアジア地域を筆頭に,世界には活躍できる広いフィールドがある。

戦略?:持続可能なコミュニティの共創
 電力会社は地域に根差しており,地域の地場企業としての側面も併せ持っている。そのため,地域・社会の課題解決に貢献していくことも重要な役割である。
 多くの公共インフラが老朽化による課題を抱えている中,地方自治体の中には土木建築技術者が不足しているところもある。電力会社は電力設備という大規模インフラの建設・運営を行っており,その一端は土木建築技術者が担っている。その技術を活かし,生活を送る上で欠かせない上下水道,道路・橋梁などの公共インフラの維持・管理,事業運営などに貢献することができる。
 また,地域の活性化の一つとして,全国的にインフラツーリズムが行われているが,弊社でもダムツアーを実施したところ,アーチダムのキャットウォークを歩いたり,ゲート設備に直に触れたりすることが非日常の体験となったこと,実際にダムを維持管理している社員から直接苦労話や専門的な話をわかりやすく聞くことができ面白かったなど大変な好評をいただいた。普段の業務で当たり前と感じていることが,他から見ると実は価値あるものだということに気づかされた。自分たちが維持管理している設備を理解していただき,そこに新たな価値を見出していくことは,モチベーションにも繋がる。その重要性を再認識すべきではないだろうか。

戦略?:経営基盤の強化
 最近の ICT・AI の進化には目を見張るものがあり,デジタルトランスフォーメーションによる価値創造といった動きも盛んになっている。これらの技術を活用して経営基盤の強化を図ることは,いまや当然のことである。中でも,熟練の技能・知識を必要とし,また多くの労力を伴う設備の維持管理を高度化・省力化することは,避けて通れない課題である。例えば,これまでの目視・打音から,ドローンによる高精細画像データやセンサーによる蓄積データをもとに,設備異常の早期発見や余寿命診断,さらには延命化対策などをより精緻なものとし,既設設備の機能を最大限生かしていくことが求められている。一方で,AI の精度向上には大量の教師データが必要とされるため,劣化状態に対応する異常データの蓄積を効果的に行うことが求められる。一見同じ変状でもその発生原因は異なる場合もあり,IT 専門家と土木建築技術者の協業が必要であり,技術力を問われることになる。
 人口減少に伴う労働力不足が深刻化しており,今後電力土木の分野にもその影響が出てくることが懸念される。ICT・AI などの技術を駆使して高度化・省力化を図ることは言うまでもないが,一人一人がその力量を上げていかなくてはならない。ある分野のスペシャリストいわゆる I 型,異分野にも知見がある T 型,そして今後は,異分野にも広く深い能力をもつ箱型の人材がより求められていくのではないだろうか。もっとも異分野の知見を深く理解し,自分のものにすることは容易なことではなく,異分野の人間とスピーディーに連携していくネットワークの広がりを持つことも重要な要素である。

 以上,弊社の経営ビジョンを例に,電力における土木建築技術者の活躍の場について触れてみた。
 電力における土木建築技術者は,こと電力に限らず社会のための幅広い分野で活躍できる能力を有しており,活躍の場は至る所にある。そして,そこで得られた異分野の知見・技術を電力分野に持ち込むことで,さらなる発展が期待できる。広く外にも目を向けるようにしたい。

 今や人々の生活に欠くことのできないエネルギーである電力,はるか昔から人々の生活を支えてきた土木。電力土木は,これまでも,これからも人々の生活とともにある。取り巻く環境は変化し続けるが,人々がいる限り絶えることなく進化し続け,社会に貢献していく。大変魅力ある仕事であることに変わりはない。

 これからも電力土木としての技術を保持・進化させていくためには,時代を担う若き精鋭達が電力土木に憧れ,やってみたいと思えるようにしなければならない。今こそ,電力土木に携わる我々が,その魅力を発信しなければならない。
 我々の先輩諸氏がその時々の変化にしっかりと対応されたおかげで今がある。そして,今を担っている我々が変化に対応し,より良い社会・未来を創り,次の世代に引き継がねばならない。

     
     
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