会誌「電力土木」

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巻頭言 (平成23年 09月号)

東日本大震災に思いを寄せて

前川功

北陸電力(株) 支配人土木部部長(耐震担当)会員

 富山市を南北に大河,神通川が流れる。北陸の地に初めて電気をもたらした富山電灯(株)大久保発電所は,この川の水を利用して造られた。明治32年 3 月に最大出力 500 kW で運転を開始しており,当時採用された発電機は世界最新式で,東京帝国大学の学生が相次いで視察に訪れ,卒業論文の資料にするなど,大いに話題になったという。112年経った現在でも当社の発電所として稼動し続けている。
  当時の神通川は富山市の中心部を蛇行しており,氾濫のたびに甚大な被害をもたらした。このため,明治34年にこの川を直線化する河川改修が始められている。そして,蛇行していた川は本川から切り離される。これが富山市街地を流れる「松川」であり,ご存知の方もおられると思う。松川は,かつての神通川の川筋を今に伝える“なごりの川”である。

 松川の両岸にあるソメイヨシノが今年も見事な桜を咲かせた。今回は,意図して真夜中の花見に出かけてみた。導水路の天端のごとく夜空を覆い尽くした桜は欄干の外灯に照らされ,人通りの無い静けさの中でまさしく非日常の様相である。作家であり僧侶でもある玄侑宗久氏の桜について記した一文を,某紙が取り上げていた。紹介させて頂く。「非日常の時間が,束の間の開花に伴って訪れる。それは死にも似て,職業も地位も年齢もいっさい関係のない世界である。日本人は,ときおりそうして非日常の祭りをすることで日常をほぐし,エネルギーを充填して日常に戻ってくる。」
  桜前線は東北地方太平洋沖地震にみまわれた東北の地を北上したが,その開花を前に万人の尊い命が奪われた。ただただご冥福をお祈りするばかりであり,また,被災された多くの方々に心からお見舞い申し上げたい。

 さらに,福島第一原子力発電所の事故。これにより,避難生活を強いられている方々は当たり前であった日常が断ち切られ,想像を絶するような苦難な生活を送っておられる。避難や事故の状況を目の当たりにする度に,原子力発電所の安全審査対応や運転差し止め訴訟対応といった原子力土木に,長年に亘って関わってきた私としてはまさしく千辛万苦の思いである。

 今回の事故により,「原子力発電所の信頼が揺らいだ」というよりも,むしろ「失われた」と言った方が正しいのだろう。
  当社の志賀原子力発電所は,現在 1・2 号機ともに停止している(2 号機は定期点検中)。敷地の高さは,想定される最大遡上高さに対し十分な余裕をもっているが,自然の驚異と福島の事故を教訓として,現在,津波に対する安全対策を取りまとめ鋭意実施に移している。この安全対策は,仮に敷地が浸水しても冷温停止状態に確実にもっていき,この状態を維持していくための「緊急安全対策」と,「更なる安全性向上のための中長期対策」からなる。
  津波対策の信頼性を一層向上させるとの立場からすれば,敷地に海水を入れないようにするための対策が端的と言える。志賀原子力発電所では,周囲が築堤等により囲まれているというという利点を活かし,海に面した側に防潮堤を構築する準備を進めている。ただ,「仮に浸水しても,すなわち海水が防潮堤を超えたとしても,今回の事故のようにはしない」というのが「緊急安全対策」であり,これは想定外を想定した対策として位置付けられる。これらの対策を確実に講じていくことに加えて大切になるのは,『仮に安全であっても安心できない』という地元の皆様の思いにどう答えていくかであろう。『安全は神話であった』という現実の前では,現在進めている安全対策の技術的な意味合いをご理解頂く努力とともに,地元の思い・心情をいかに汲み取ることができるかである。これにより少しづつでも信頼を取り戻していく。地道な活動を重ねていくことが肝要となる。

 東日本大震災復興構想会議では,構想の提言に向け,様々な観点から議論がなされている。玄侑宗久氏も委員の一人として加わっておられる。少子・高齢化や最近問題となった無縁社会など,社会環境が大きく変化しており,これが災害に対する脆弱化の大きな要因の一つとなっている。みんなが安心して暮らせるような社会システムの有り方について論じられているように,これまでのパラダイムは捨てて,科学技術のみならず,人文学,社会学など様々な分野の専門家とのコラボレーションが不可欠であろう,と思っているさなか,構想会議は,『悲惨のなかの希望』と題した 1 次提言を取りまとめた。この提言では「つなぐ」に強いメッセージが込められており,この言葉が随所で用いられている。「人と人をつなぐ,地域と地域をつなぐ,市町村と国や県をつなぐ,地域のコミュニティの内外をつなぐ,東日本と西日本をつなぐ,国と国とをつなぐ」,この「つなぐ」が希望となって被災地の明日を照らす。
  土木技術は,「シビル・エンジニアリング」として明治以来の発展や戦後の復興を支えてきたし,今回の提言を実行していく上でも果たすべき役割は大きい。具体策を練り上げ,実現していくには,土地利用関連の制度の見直しや漁業権の規制緩和など,相当の困難を伴うだろうが,日本人には外国から賞賛される秩序感覚や人と人の絆など,数字では表せない国民性を有しており,これをレバレッジとして,東日本を見事に復興させ,このグランドデザインを将来の日本のかたちとしていかなければならない。
  阪神大震災時の神戸港復旧後の問題など,過去の震災復興の経験を決して無駄にすることなく,今回の「悲惨」の大きさと東北地方の地域性を十二分に活かし,20年先,30年先を視た新しい文明の創造を目指そうとする強い信念と継続こそが大切となろう。

 一年に四季があるように,人生にも時の流れに応じた生き方がある。20代,30代はそれこそエネルギーに溢れ,外の景色の移り変わりに気を留めることもなく,何事にもがむしゃらに取り組んできたように思う。若さゆえの失敗もしたけれど,チャレンジすることは沢山あった。しかし,近頃では,日常を少しでもほぐすことを意識して休日を過ごすようになってきた。特段の趣味はないが,時間があると庭いじりに精を出している。芝を刈ったり,咲き終わった花柄を積んだりして過ごす。今,12株あるバラが色とりどりの花を付けた。手を掛け育てた花木を眺めることが,ささやかなやすらぎとなっている。

 事故後も現地にとどまり,リスク承知で対応されてこられた「フクシマ50」は,協力会社の社員などとの共同体となって,日常をほぐす余裕もなく現在も過酷な環境のなかで懸命の努力をしておられる。ご家族の方もさぞかしご心配のことであろう。循環冷却システムの確立など,1 日も早い事故の収束と関係者のご健康を願うばかりである。(平成23年 6 月末記)

   
運開122年を迎えた大久保発電所    
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