会誌「電力土木」

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巻頭言

水力と地域共生,脱炭素化社会の実現に向けて

 

筒井 勝治

関西電力? 水力事業本部 水力部長

 水力は CO2 を排出することなく,永久に繰り返し使用できる持続可能な再生可能エネルギーであり,系統上の負荷変動に対して追従し易いという長所も有している。加えて水力開発には,外部経済効果,すなわち建設期間中の有効需要の乗数効果,建設中および後にも継続する公共事業的な役割,社会的環境面での便益がある。また,水力開発は,その黎明期から地元の理解,協力や発展なくしては進めることができなかったし,それは今も今後も変わらない。一方,持続可能な社会を継続するうえで,脱炭素化社会の実現に向けて,供給者としての電力事業者の責務と,需要側の顧客や地域社会のニーズが急速に増している。そこで,関西電力が国内外の水力開発を通して果たしてきた地域共生と,脱炭素化に向けた取組みを紹介する。
 関西電力では,水力ポテンシャルの高い河川水系を中心に,余すことなく水を発電に変える水系一貫開発を進めてきた。例えば木曽川水系では,大正年間に電力王と呼ばれた福沢桃介(関西電力の前身である大同電力社長)によって発電所が次々と建設された。その初期は水路式の発電所であった。当時,木曽御料林の木材搬出は木曽川に依存しており,伐採された木材は支流に落とされ,木曽川の流れで名古屋や伊勢方面に運材されていた。そのため,発電に用いる水量は流材の支障にならないように制限されており,ダムの建設は河川の流路を塞ぐものとして許可されなかったのである。しかし,福沢桃介はこの流木問題に取り組み,難航する交渉の末に,伐採した木材を運ぶ鉄道を敷くことを条件に,ダムの建設許可を勝ち取った。その後,木曽川水系の上流部では,三浦発電所をはじめとするダム式の発電所が建設された。第二次世界大戦で水力開発がいったん休止したものの,残存落差と水量の総利用を目的とした木曽川の水系一貫開発はさらに進み,1986年の伊奈川第二発電所の完成によって,一河川・一社・一般水力としてはわが国で初めて100万 kW を超える出力を得るに至った。1924年に日本初のダム式発電所「大井発電所」を建設したときにできたダム湖は,奇岩石が多く急流で暴れ川だった恵那峡辺りの木曽川を穏やかで風光明媚な場所に変え,有数の観光地となった。ところで,現在関西電力では,三浦ダムの監査廊を地元の酒造会社に提供している。というのも,監査廊内は気温と湿度が一定で日本酒の貯蔵に適しており,そこで貯蔵した日本酒の売れ行きは好調だそうである。この取り組みは三浦ダムだけでなく富山県(北陸電力,富山県企業局,関西電力)のダム設備ほかにも広がっている。
 当社は,フィリピンサンロケ多目的ダムプロジェクトにおいてはじめて海外における水力 IPP 事業に参画した。それに続く海外水力発電事業を発掘するため,2000年にミャンマーで水力ポテンシャルの調査を始めた。調査を開始してから 1 年後に“水力開発 5 か年計画200万 kW”を掲げるミャンマー電力省から技術支援要請を受け,水力発電所の計画・調査,設計ならびに施工指導を含む技術移転(インハウスエンジニア)契約を結んだ。この契約は,「痒い所に手が届く」という評価を受け,4 次足掛け14年に及ぶことになった。私がプロジェクトマネジャーとして現地に派遣された 2 次契約では,電力省の若手技術者10名を迎え入れて On-the-Job Training(OJT)をすることになった。この業務のなかで,文化や慣習の違いにぶち当たることになった。当初,日本では当たり前と思っていた技術やシステムを導入しようとしたが,「良いのはわかっているけれども,お金も物も無いのにどうしてやるのか。我々は自分たちのやり方を知っている。押し付けは侮辱である。」と反感を買うことになった。そこで,発想を変えて,まず彼らが受け入れられる簡便な方法を提案し,合意を得ながら徐々に品質(技術水準)を上げていくことにした。例えば K 地点ではダムの湛水が始まったところ,導水路トンネル内に埋設した水圧鉄管路に座屈が発生した。原因を調べてみると,トンネル掘削断面の不陸が邪魔であったことから,構造上必要なスチフナーを切断してトンネルに設置したため,外水圧に耐えられなかったようである。実際に鉄管路が座屈したのを見るのは初めてであり,水力発電所の建設に関わるミャンマー電力省技術者の未熟さに驚いたものである。対策として,当社設備を参考に鉄管路全面に亘ってチャッキバルブを装着することを提案し,学んだ教訓(Lessons learned)として報告書も残した。このコンサルタント契約において,ミャンマーの中心部を流れるシッタン川沿いの10地点の発電所計画に携わったが,そのうち数地点が運転を開始し,停電が頻発するミャンマーの最大都市ヤンゴンへの電力供給に寄与している。また,OJT を施し辛苦を共にした若手技術者が立派に成長しており,今では電力省内の中枢部を担って,豊富な水力ポテンシャルのさらなる開発と外国資本による水力 IPP の導入に尽力している。
 次に,当社が開発したラオスのナムニアップ 1 水力発電所(29万 kW)では,167 m のダムの建設に伴う少数民族モン族3,500人の移転に際し,住民の強い反対に直面した。移転は,山間における焼畑と狩猟・採集を主とする移動型の農業形態から,平地における水田耕作による定住型への転換を意味し,住民にとっては大きな決断が必要であった。そのため,「移転地の土壌が悪い」や「政府と事業者が信頼できない」などの将来の生活に対する懸念を示すものであった。これらの不安を解消するために,移転地内にパイロットファーム(実験農場)を開設し,住民と一緒になって汗水流しながら土壌改良や,専門家を交えて農業の技術指導を試みた。田畑に始まり,学校や病院建設等の移転プログラムの実証と,健康や教育,ジェンダーなどの啓蒙活動に努めた。日本人の社員が住民と直接対話することによって,徐々に信頼関係を構築するに至り,ダム・発電所の工程に影響を与えることなく,住民の同意を取得し,移転を完了することができた。その後も,住民に対する農業技術指導や農業以外の職業訓練を継続し,移転開始から 4 年が経過した現在,米の収穫が安定し住民の将来の生計の目途が立った。また,インフラ設備の充実や教育を受ける機会が増したことから,重労働から解放された時間を,副業や新たなビジネスチャンスの獲得に向けるなど住民の目が外に向き始めている。以上,国内外の地域共生の事例を紹介したが,次に,急速にニーズが高まりつつある脱炭素化について述べる。
 当社は2021年 2 月に“カーボンニュートラル2050”を宣言し,供給側のゼロカーボン化,需要側のゼロカーボン化,水素社会への挑戦を 3 つの柱として取り組むこととした。そのために,エネルギー利用を電気と水素に集約していくことに貢献するとともに,供給側として再生可能エネルギーの主力電源化や火力の CO2 回収,グリーン水素活用による脱炭素化のほか,依存度を低減させながらも原子力を最大限活用していくこととしている。その中で,クリーンエネルギーである水力電源は,一般水力においては低廉なベースロード電源として,揚水では調整力に優れたピーク電源としての重要な役割を担うことになる。また,至近では,出力変動型の再生可能エネルギー導入の進展に伴い,供給余剰の吸収を目的とした揚水発電の活用がなされており,脱炭素化に向けて活用機会が拡大することが想定される。一方,需要側に目を向けると,RE100など環境に配慮した電気の使用を求める需要家のニーズが顕在化してきており,電気小売事業者は,販売する電気に環境価値を付加した料金メニューのラインナップを多様化させつつあり,水力はその料金メニューにおいて期待されている。このように水力は,供給および需要の両側から期待されており,今後もソフトとハード両面における更なる水力の導入・利用と最大活用を図っていくのが我々電力土木技術者の使命であると考える。
 当社が水力の最大活用のために取り組んでいるものを幾つか紹介する。?豪雪地帯を含む北陸の河川において,融雪水を考慮した気象変動に伴う河川流入量予測を実施している。それによると毎年ゴールデンウイーク頃の雪解け出水が,海面温度の上昇に伴いやや前倒しになり,冬季の流入量が増えることが予想された。これらを勘案しつつ流入量予測の高度化を進め,保守・点検や補修工事の時期を調整するなど年間の貯水池運用の見直しにより,kWh の増加を図っていく。?水槽での取水の障害となるスノージャム(流氷雪)の発生を,カメラ撮影画像から AI を用いて動検知するシステムを開発し,人的な監視が不要となった。また,水中カメラ等を搭載した水面ドローンにより,発電停止することなく導水路トンネルの点検が可能となり,溢水電力量低減に貢献している。これらの DX 技術の導入を,水力設備の運転・保全に関わる全てのプロセスに導入していくことが考えられる。?既設設備のリフレッシュを 9 地点で予定(うち 3 地点が工事中)しており,摩耗した古い水車を最新の高効率の水車・発電機に置き換えることにより,保守費用の低減と kW・kWh 増に大きく貢献することが期待される。?新規水力の開発に関しては,現在維持流量発電を含む 3 地点が工事中,2 地点が着工準備中である。そのうち北陸の神通川の新坂上・新打保発電所(いずれもダム式)地点は,坂上ダムと打保ダムで長年溢水してきた残存水量を活用するものであり,これで北陸 3 川のうち唯一残されていた神通川の水系一貫開発が完成することになる。これら維持流量発電や残存水量の活用を進めていくものの,新規開発が可能な経済性に優れた地点は残り少なくなり,残された水力ポテンシャルを開発するためには技術開発等による初期コストの低減や自然・社会環境影響などの課題を解決していくことが必要である。社会環境面の一つの方策として,現地の地理に詳しい地元企業や行政とのアライアンスを組んで推進していくことは地域の目指す方向と一致し,新たな地域共生と絡めたモデルとして考えられる。
 最後に,今後も多様化,高度化する社会のニーズに対応してくためには,自然の恵みを上手く利用しつつも,利害関係者が一緒になって考え,コンセンサスを得ながら実践していくことが肝要である。電力土木技術者にとっては,常にアンテナを高くし,やはり地域社会,お客様の声をよく聞くということと,情報発信の重要性,コンプライアンスの遵守に尽きる。また,社会環境の変化や技術の向上にも敏感にかつ柔軟に対応する能力が問われる。しかしながら,誰のための水力(の有効活用)なのかを肝に銘じ,自問自答を継続することが肝心と考える。

     
     
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