会誌「電力土木」

目次へ戻る

巻頭言

進取の気概

 

鈴木 英也

中部電力? 専務執行役員 再生可能エネルギーカンパニー社長

 中部電力では2016年度に発電,送配電,販売部門をカンパニー制とする組織改定を行い,これより私は,水力発電を含む再生可能エネルギー全般を担務し現在に至っている。
 今,電力,エネルギー業界を取り巻く環境の変化は年を追うごとに加速していて,この流れに如何に対応していけばよいのか,途方に暮れてしまいそうになることがある。そんなときに,自分の立ち位置をあらためて見つめ直すとともに,進取の気概という言葉で自らを奮い起こすきっかけとなった大先輩からの一本の電話があった。
 2017年 2 月,米国カリフォルニア州のオロビルダムで,記録的な水位上昇に際し,常用と非常用洪水吐に損傷が認められたため,非常事態に備え約20万人の下流住民が避難するという事象が発生した。その先輩の娘さんが米国在住だったことから日本でまだニュースになる前にいち早くその情報を知り,すぐに私に知らせてくれた。水力発電を統括する後輩に対する心遣いからであった。OB になってもなお現役の後輩に対して危機管理として情報を提供し,注意喚起を促してくれるという配慮にとても感謝したのだが,実はその事故事象のこと以上に深く心に残ったのが,本題の後に続いた雑談だった。
 そのダムは,この先輩が若かりし1965年頃,中部電力が初めて100 m 超のロックフィルダムを設計,建設する際に,ここで採用されていた耐震設計手法を学び,設計に取り入れるためにお手本としたダムだというのである。念のため,この洪水吐の損傷は耐震設計の問題ではなく維持管理の問題であることを断っておく。
 戦後復興から高度経済成長に邁進した電力需要急増の時代,水力発電用ダムが我が国のダムの設計・施工技術をリードしていたが,欧米のダム技術と施工実績はこれよりはるかに進んでいた。このため,先輩方は英語の論文,工事記録などを読み漁って技術を吸収したという。今の日本では当然日本語で技術基準や設計指針類がそろっている。既往のダム工事記録など学ぶ材料は国内にあふれている。とても充実した贅沢ともいえる環境で私たちは先人のノウハウを活用することができる。しかし,この時代には相当の覚悟と努力がなければ最新の技術に触れることができなかったことをあらためて知った。
 電話の後,感謝だけではなく,しばらく不思議な気持ちに浸りながら,このようにいろいろなことを思い浮かべた。
 同じような話はこれ以前のダムでいくらでもある。日本に技術や実績もなかった時代に,我が国初の中空重力式を採用した井川ダムや,当社初のアーチ式の高根第一ダムなどである。英語ならまだ易しい方で,フランス語やイタリア語の文献まで読破して技術を学ぶ猛者もいたという逸話もある。そのエネルギー,パワーはどこから出てくるのかと思うほどだ。
 しかも,井川ダムでは,最初は反対していた住民と粘り強く協議を重ね,ここでもまた我が国初となる学校,水道,有線放送等インフラを整備した新しい村づくりによる移転補償という大胆な方式を取って理解を得,地域共生の精神に基づき開発を進めていった先輩方には本当に頭が下がる。
 この時代,間違いなくほぼ全ての電力会社でこれと同じような状況だったと思われ,黒部ダムをはじめとする先駆的なプロジェクトは,世界の最新技術をどん欲に吸収し,これに追いつこうとする先人たちの献身的な努力の末に完遂されていったはずである。

 ひるがえって今,電力需要の急激な伸びは収まり安定成長の時代になったものの,新たな社会の要請が高まっている。脱炭素社会の実現という大きな課題だ。2050年に温室効果ガスの排出を実質ゼロにするという高い目標に向かって産官学が連携して臨むことになった。

 私たち電力土木技術者はこのような状況下で,まさに新しい再生可能エネルギー電源に挑戦しようとしている。大規模な洋上風力発電の開発である。国は,漁業等に支障を及ぼさず系統接続が適切に確保される一般海域内での開発を促進するために再エネ海域利用法を制定し,公募により発電事業者は促進区域で最大30年間の占用許可を得て事業運営できる取り組みが始まった。これを皮切りに,政府は2040年までに3000〜4500万 kW の導入を目指すとしている。
 欧米など世界では,すでに洋上風力の累計導入量が3000万 kW にも上るとされており,日本のはるか先を行く。日本はこれから10年以上もの遅れを取り戻し,追い上げなければならないという立場にある。しかしこのことは裏返せば,世界にはかなり実績や技術情報があふれており,これを入手し活用できれば,かなり効率的に技術移転できるということにほかならない。戦後復興期に比べれば,まだまだ恵まれているはずである。国内での施工実績がないことを理由に手をこまねいていることはできない。
 ただし,洋上風力発電は世界レベルで先行する欧州各社が商業ベースでの開発競争にしのぎを削っているだけに,技術情報が囲い込まれがちであることが国内へ導入する際の足かせになるおそれがある。本来であれば,我が国の土木,建設技術の総力を結集して日本の気象条件,自然条件に適った設計・施工方法を一から確立していくことが重要であると考えられるが,国の導入目標を達成するためには時間的な余裕がないのが実態である。それほど社会からの要請は実に急を要している。
 また,大型風車のタービンなどの主要部品については,欧州や中国勢が 9 割以上を占めており,日本のメーカーは単独での製造からは撤退してしまっている。このため,発電コストを普及ベースで抑えるためには,世界の主要メーカーからの購入にほぼ頼らざるを得ないことも大きな課題となっているが,風車の部品は数万点と多く,関連産業への経済効果も大きいことから,国内でのサプライチェーンの構築も急務となっている。国内調達率を2040年に60%にするという高い目標が掲げられていることから,発電事業者と産業界が連携して主要メーカーへアプローチしていくことが今後ますます重要になる。
 さらに,大規模な開発のためには大型風車の仮組み・積み下ろしが的確にできる港湾施設の整備が必要となるが,発電事業者・港湾管理者・建設会社・メーカーが一体となって合理的な輸送インフラの整備と安価な施工法を実現することに,電力土木技術者が知恵と技術力を発揮し,貢献しなければならない。

 洋上風力発電の拡大は,将来の脱炭素の目標達成に向けて政府が実行計画として掲げる「グリーン成長戦略」の施策の一つとして,国内の産業育成という重要な役割も担っており,環境と経済の両面から期待されている。このため,信頼性の高い国産技術と発電コストを両立させ,競争力のある自立した電源として早期育成していくことが大きな課題である。
 我が国の電力各社は,これまで火力・原子力発電所の建設を通して,海上での工事実績は十分蓄積しており,海域での調査,設計,施工技術を駆使して日本の自然条件に適応できる構造物を構築してきた。港湾,海域での環境調査と影響評価をはじめ,電力土木技術者が蓄積してきた海底地盤調査技術,地盤と支持構造物との練成解析,津波・波浪に対する安定解析など,基礎技術では世界をリードしていると自負している。
 施工面においても,我が国の建設会社は海洋工事の実績も多く,何よりも日本国土の気象・海象条件や商習慣を十分把握している。風車の組み立てに使用する SEP 型起重機船は今後の建造が待たれるが,これらの環境が整えば,実績を重ねて生産効率を上げていくことが十分可能であると考える。
 まさに日本の技術力が問われる正念場である。日本のモノづくりの品質の高さ,自然環境や社会環境への手厚い配慮などを駆使して,日本流の洋上風力発電の建設産業が構築されていくことを期待したい。また,この趨勢の中で電力土木技術者は,これまで電源開発で培ってきた様々な技術,ノウハウを活かすことはもとより,地域振興策や維持運用に伴う雇用創出効果の提案など,漁業関係者はじめ沿岸地域の皆さまとの対話を通じて,安全と信頼が持続するプロジェクトとなるよう重要な役割を担っていきたいと思う。

 今,振り返ってみて,戦後の経済復興に伴う電力不足を解消するために急ピッチで大規模水力発電の開発に挑戦し,高度経済成長を支えた大先輩たちの活躍があらためてまぶしく感じられる。と同時に今後は,脱炭素社会の実現という新たな社会の要請に応えるために,再生可能エネルギー電源,とりわけ大規模な洋上風力発電の技術革新に挑戦していく自分たちは,先輩たちに顔向けできないような恥ずかしい姿勢で取り組むわけにはいかない。しっかり胸を張れる進取の気概を持って臨まなければならないという責務を感じる。
 そしてまた完成した暁には,貴重な再生可能エネルギーを社会へ提供することを通して,将来の世代に誇れるエネルギーインフラであってほしいとも切に願う。
 将来の電力・エネルギー分野を担う若手がより高い目標に向かって切磋琢磨し,存分に活躍できる環境を整えていけるよう努めていきたい。

     
     
ページのトップへ