会誌「電力土木」

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巻頭言

リニューアルへの挑戦

 

佐藤 俊哉

電源開発? 執行役員 土木建築部長

〈ご挨拶〉
 新年明けましておめでとうございます。昨年は新型コロナウィルスの影響で世界的に健康被害が広まるとともに経済が悪化し,楽しみにしていたオリンピックも延期,九州の災害など厳しい状況が目立ちましたが,本年は世界にとって,そして電力土木技術協会関係者にとって良い年となるよう願っております。
 また,私は昨年 5 月より新米の協会理事を拝命しておりますが,感染対策により定時総会や新春賀詞交歓会など皆さまにお目にかかることができたであろう行事が制限されておりますので,この誌面をお借りしましてご挨拶をさせていただきたいと思います。

〈発電所のリニューアル〉
 以前のテレビ番組で「大改造!劇的ビフォーアフター」という住宅リフォームを題材としたものがあり,日曜の夜に良く視聴していた。高視聴率であったので記憶に残っている方も多いと思う。
 狭い,使いにくい,寒いなど悩みのある住宅を「匠(たくみ)」と呼ばれる建築家が個性豊かにリフォームを設計して,その意を汲んだ大工たちが完成させる。居住者には最後までリフォーム内容は知らされず,完成後に美しく変貌した我が家を初めて目にして,歓び,驚き,感動を示す。
 番組なので演出的な要素が多分にあると承知しているものの,建築士のコンセプトが個性的であり,また居住者にとって愛着のある部材や家具の一部を残す工夫もあるので,お決まりのクライマックスである居住者の感動シーンが毎回見られて,ついつい見入ってしまうことが多かった。
 余談から入ったが,私たちのテリトリーである発電設備においても,最近はリニューアルが多く進められている。ここでリニューアルという単語を幅広く捉えて,発電設備の一部更新から全面的な再開発までを含めたものとすると,令和 2 年の電力土木協会誌 5 冊(執筆時点で発刊済みの 9 月号まで)を読み返しただけでも,下記の水力12件,火力 3 件の報告が掲載されていた。
  ・(水力)水路系含む再開発(新岩松,新竹田,塚原,新姫川第六)
  ・(水力)ダム嵩上げに伴う再開発(新丸山,桂沢,熊追)
  ・(水力)水車・発電機更新(金川)
  ・(水力)水路付替,補強,鉄管更新(面河,芽登第二,来見野)
  ・(水力)ダム改造と発電所増設(ナムグム)
  ・(石炭火力)リプレース(竹原,西条,武豊)
 このうち,ダム嵩上げに伴う再開発の場合は国交省の治水容量の拡大に伴うもので,電力サイドとしては少々受動的な案件となるが,その他の水力案件は貴重な再生可能エネルギーという位置付けの下で発電規模(kW)または発生電力量(kWh)の拡大を目指すものや,劣化した設備について更新工事を行うことにより発電事業の長期継続などを目指すものなど,電力各社とも積極的に取組んでいることがわかる。加えて,3 万 kW 未満の場合は FIT 制度という投資回収の強い後押しの存在も大きい。
 このほか,既設原子力発電所では防潮堤や特重施設その他の大規模な安全性向上対策が進められており,工事量が多く技術的にもコスト面でも大変な事業であるが,これも一種のリニューアルに該当すると思う。
 発電事業は電力自由化によりプレーヤーが多くなったこと,将来の電力需要が横ばいか低下傾向にあること,再生可能エネルギーの拡大や料金制度などの政策の動向に左右され易いことなどから,将来が読みにくい事業環境となっているが,電力各社にとって重要なあるいは強みのある発電所は,今後も稼ぎ頭としてリニューアルによる再投資の対象となっていく必要がある。
 特に水力発電所の場合は,集水域から得られる河川の流量や,地形条件から得られる落差がエネルギー源であり,替えの効かない財産であるのでなおさらである。また,河川を利用するため土砂流下設備や,気候変動を考慮した放流設備の増強や耐震補強なども,発電事業継続には必要なリニューアル対象と認識している。

〈意外と難しい水力のリニューアル〉
 冒頭に記載したテレビ番組では,例外なく居住者の悩みが解決され満足なエンディングとなっていた。ただし住宅のリフォームはある程度定番化されているだろう,また工事中は居住者が退去しており工事の制約は少ないのだろうと思っている。
 一方,番組に登場した建築家には悪いが,発電所のリニューアルはそう簡単なものばかりではない。
 まっさらな自然界に建設するグリーンフィールドと比べると,リニューアルは既設という下地があるので難易度が低いと思われがちであるが,なかなかどうして難しいところも多い。
 私の所属している J-POWER は大型のダムや水力発電所を有している。他電力さんのように戦前に運開した設備はないが,それでも運開後60余年を経過して水路系を含めてリニューアルが必要な地点や,また土砂管理の抜本的な対策を目指しているダム地点もあり,これらの実施に必要となる技術課題を以下に記載する。

〈解決したい主な技術課題〉
? 大水深の仮締切工事
 ダム水位を低下させずに,新たな呑口を設ける時に必要となる仮締切工事のコストがとても高い。
 呑口という表現が今一つであるが,発電用取水口,トンネル式洪水吐,排砂バイパスなどいくつもの用途の呑口と理解願いたい。ダムを空にしてドライワーク主体で行えば仮締切は不要か設置しても低水圧で良いのだが,そもそも水位低下できないダム構造の場合や,ダムを空にすると下流発電所を含めて減電影響が大き過ぎる地点など水位低下できない場合も多い。
 コンクリート重力式ダムで非越流部に穴開けスペースが確保できる場合は,ダム上流面に反力を取った比較的リーズナブルな仮締切構造にできる(筆者は奥只見発電所増設工事で経験)。
 しかし,同じ重力式ダムでも穴開けスペースが取れない場合やフィルダムやアーチダムの場合の呑口は貯水池内の地山に設置する独立構造となるため,ごつい構台を準備した後に長尺の鋼管矢板を打設して円形や矩形の仮締切を設置するのがオーソドックスな方法となる。
 治水ダムにおける洪水吐増設事例を参考にして試算すると,流量規模にもよるが水深40〜50 m の締切工は難易度も高くコストも100億円超になることもある。
 発電専用ダムは治水ダムと比較しても大規模貯水池が多いことから,大水深の仮締切が必要となるケースが今後はいくつも出てくるはずであり,施工性やコストについては是非解決したい課題と考えている。

? 水路トンネル工事
 水路トンネルを新設する場合,内径 3 m 程度の小断面の場合でも概算工事費を担当者に尋ねると70〜80万円/m という声が返ってくる。長期の発電停止を決断して既設トンネルをリニューアルとする場合でも,全長について拡幅掘削と巻き直しとした場合は,凡そ新設に近いコストになると思われ,これらは狭い空間の機械による施工能率が悪いことが大きな理由となっている。
 国内の発電用水路トンネルの総延長は約4,700 km と以外に長く,道路トンネル(約4,500 km)や鉄道トンネル(約4,000 km)の総延長を若干超えている。トンネル施工が人力主体であった古い時代の長い導水路トンネルなどが多数あり,このうちの一部はいずれ新設かリニューアルが必要となるはずである。
 仮にコストを80万円/m とすると,5 km で40億円,10 km だと80億円という高額となり,投資額が回収できずに当該発電所を廃止してしまう場合も想定される。本音ではこの半額ぐらいにしたい。
 小断面水路トンネルのコスト改善は以前から求められており,TBM にも解決の糸口があるだろうと弊社も他電力さんも試みがなされているが,今のところ答えにたどり着いていないと認識している。
 ただ,トンネル工事は地質変化という強敵はいるものの,同じ作業の繰返しであり AI やロボットが人員をさほど必要としないで施工を進める日が来るはずである。

〈最後に〉
 発電所の多くは先輩から受け継いだ貴重な財産であるが,発電事業を継続するためにはリニューアルに関連した技術の向上も種々必要となる。各社競争の時代であるが,電力土木技術協会は同じ課題を持つエンジニアが「競争と共有」をバランス良く保ちながら,相互に実践した技術を高め合う貴重な場となっており,今後も技術の共有に是非活用させていただきたいと思っている。
 今後も各電力のリニューアル実績や,その分野の「匠」の技術情報に期待致したい。

     
     
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