会誌「電力土木」

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巻頭言

変化に対応する判断の軸足

 

浦上 博行

中部電力(株) 徳山水力建設所長

 現在,中部電力(株)徳山水力発電所の建設工事進捗は 8 割を超え,水車・発電機設置工事が最盛期を迎えている。
 当建設工事は,岐阜県西部,木曽川水系揖斐川の最上流部に位置する徳山ダム下流直下に最大出力15.34万 kW(1 号機:13.10万 kW,2 号機:2.24万 kW)の一般水力発電所を構築するもので平成21年10月から着工している。徳山ダムは,独立行政法人水資源機構が平成12年 3 月から堤体工事に着手し,平成20年 5 月に試験湛水を完了し,管理運用しているロックフィルダムで,6 億 6 千万 m3 の総貯水容量は日本一である。発電所建設では,運用を開始したダムや洪水吐などの構造物に近接して岩盤掘削し,地下発電所や水路を構築,またダム水位を保持した高水圧下で導水路を掘削,接続するという大きな課題があった。工事を円滑に進めるにあたり,浸透流や堤体基礎地盤への影響など技術検討を実施し,制御発破など施工方法を工夫,情報化施工を取り入れた施工管理を実施した結果,今年 4 月に既設選択取水設備への導水路接続と地下発電所をはじめとした全ての掘削工事を終えている。
 徳山ダム・発電事業は,約半世紀前から調査,検討されてきたが,社会情勢の変化や度重なる揖斐川流域の豪雨災害により,徳山ダムの事業実施計画が変更され,事業費も大きく見直された。揖斐川流域の水害は,昭和34年の伊勢湾台風をはじめ,昭和36年,昭和49年,昭和51年と度々家屋浸水に見舞われた。近年では,平成14年 7 月の台風 6 号,平成16年10月の台風23号による出水で揖斐川下流大垣市内が浸水被害にあい,災害救助法の適用や避難勧告が発令されることとなった。木曽川水系における水資源開発基本計画の変更や 3 回の徳山ダムの事業実施計画の変更により,長年に亘り,電源開発株式会社や当社の電力土木技術者をはじめとする多くの関係者が,発電所の事業計画変更とその対応に携わってきた。発電所の計画変更の経緯を以下に要約して述べる。
 揖斐川流域の年間平均降水量は木曽川,長良川,揖斐川の木曽三川の中で最も多く,揖斐川上流の平均年降水量は3000 mm 以上にもなる。その豊富な水資源を有効活用するため,昭和32年に揖斐川上流域を電源開発促進法に基づく調査区域に指定した。その後,昭和46年に徳山ダム事業実施方針が告示され,建設省が徳山ダムを多目的ダムとして推進することとなり,昭和51年に徳山ダムを水資源開発公団法に基づく多目的ダム事業に変更した。徳山水力発電所は,徳山ダム建設事業に発電参加するもので,昭和57年に電源開発基本計画に組み入れられて以来,電源開発(株)により事業調査が進められてきた。当初計画では,40万 kW の混合揚水式(上池:徳山ダム,下池:中部電力(株)杉原ダム)として電源開発(株)が開発し,当社が発生電力を全量購入する計画であった。その後,平成16年に徳山ダムの事業実施計画変更(第 3 回)が認可され,その際の治水,利水計画の見直しにより,ダム水位の変動幅が大きくなったことから,揚水式が不成立となった。電力需要の伸びが鈍化していたこともあり,発電所を自流式に変更し,事業主体についても,建設から運転・保守に亘る各段階での効率性向上や経済性の追求を理由に,平成20年10月に電源開発(株)から当社に変更した。
 このように徳山水力発電所は,長い年月と多くの電力土木技術者の知恵と粘り強い努力が結実した結果,我々の世代がそのバトンを受け取り,建設を進めている。事業を取り巻く様々な変化の中,発電様式の変更や開発権の委譲など,変化に柔軟に対応し事業を進めてきた先人達の苦労に比べれば,運用中のダム下流直下での近接施工において日々の変化に対応するといった我々の課題は,極めて小さなものに思えてくる。
 話は変わるが,最近世の中は,ものすごいスピードで「変化」している。例えば,スマートフォンや携帯端末の登場で,従来の携帯電話はガラパゴス携帯と呼ばれ,パソコンの売上も急激に落ち込んでいる。情報伝達の手段も,SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の誕生,発展で急速に変化している。自動車では,ハイブリット車が販売台数の上位を占め,燃料電池車の一般販売も間近である。また,エネルギー分野では,シェールガス革命で,エネルギー勢力図が書き換えられようとしている。米国は,石油の輸入国から輸出国になり中東地域への関与が後退すると言われている。その中東では,アラブの春を契機にしたエジプトの政情不安,シリア内戦など情勢の変化があり,エネルギー輸入国である日本にも,燃料価格の上昇といった影響を与えている。
 かつてアサヒビール社長,会長,NHK 会長を歴任された福地茂雄氏は,目覚ましい変化を「3 次元変化」と名付けた。3 次元の 1 つ目は,あらゆる分野で例外なしに変化が起こっていること,2 つ目は,その変化の奥行がすごく大きいこと,3 つ目は,変化のスピードが経験したことがないほど速いことである。そして,3次元変化に対応するためには,時代の変化に流されることなく,適応していく必要がある。適応するためには,確固たる「判断の軸足」を持っていなければならないと語っている。
 東日本大震災以降,原子力に対する社会不安を背景に,電力会社を取り巻く環境は厳しい状況が続いており,電気事業に対して変化を要求されている。新しいエネルギー政策の議論,電力システム改革の方向性,原子力の新規制基準への対応や電力各社の料金値上げの動きなど,昨年の不透明で混沌とした状態からは,幾分道筋が定まってきてはいるが,今後も変化を求められることには変わりない。社会からの要請や変化に対応していく際,電力会社の「判断の軸足」は,やはり安価で安定的に電気を供給するという電気事業者の原点であろう。電気を通じて社会貢献するという誇りとその責任,やりがいと志を持ち続けていかなくてはならない。
 時間という変化のスピードの差はあるが,徳山発電事業に携われた多くの電力土木技術者も,「判断の軸足」がしっかりしており,社会情勢の変化に柔軟に対応できたからこそ,発電様式や事業主体の変更ができたのであろう。その際,徳山ダム建設事業に関わる行政や利水者など多くの関係者との長期に亘る調整や丁丁発止の折衝,企業としての厳しいコストダウンや難しい経営判断などの語り尽くせない多くの苦労があったのはもちろんである。
 電力会社をとりまく,ルールやゴールも変わっていく中,今までの常識が役に立たなくなってきている。今までは,国が決めた規制,基準や指針に合致するように設備を設計し,施工してきた。それが常識であった。しかしながら,ルールが変わっていく状況の中では,自ら考え抜き,第三者にも十分説明できる設計,施工していくことが重要ではないだろうか。過去には,新規工法を採用する場合,電力が中心となって委員会を立ち上げ,基準整備を進めてきたこともあった。ただ,電力設備は,調査・設計を行い,経済性を追求し,予算を確保して,施工・完成するまでには,順調に行っても10年はかかる。途中で基準が示された場合に対応することは,非常に難しい課題ではあるが,新規に建設する設備や現存する設備の安全性を高めていくことは電力の安定供給,さらには公衆保安にもかかせないことであり,技術者としての責任ではないだろうか。そのために,我々は,常に PDCA サイクルを回し業務品質をスパイラルのように高めていくことが大切であろう。改善活動をすることによって,新しい発想も生まれてくる。厳しい状況の中ではあるが,電力土木技術者は,変わらない「判断の軸足」をしっかりと持ち,日々の業務を愚直に続け,変化する環境に対して,自らを変革しながら,次の世代にしっかりと志を引き継いでいきたい。前述の福地茂雄氏は,「前例は受け継ぐものではなく,自分で作って後に継がせるものだ」と語っている。見習いたいものである。
 さて,業務を改善し,効率化を進めていくと新たなリスクも生まれてくる。そのためには,リスクを見落とさず,最小化していくことが重要となる。我々は仕事を進めるうえで,ある一定の業務範囲がある。担当する業務範囲を固定し,業務のやり方を隅々まで決めてしまうと,視野が狭くなってしまい変化に対応できなくなる。業務効率化を進め,業務のやり方を変えた場合,狭い視野では,リスクの見落としや間違った優先順位のついた業務が行われる可能性がある。そのような事態を防ぐには,業務の守備範囲を少しだけ広く持つことが重要である。守備範囲を幾らか広く持ち,チームで業務を進めていけば,リスクの見落としやリスクの拡大を防げるはずだ。また,個々の専門分野も多少広くなり資質も向上し,少しマルチ人間になる。そのためには,業務全体の確認と日々の変化を把握することが重要になってくる。例えば,どこの建設現場でも見かけるが,当建設所にも「本日の作業予定」というアナログ式ホワイトボードがある。毎日朝一番に若手の作業管理者に手書きしてもらっている。現場の作業は,前日の進捗状況やその日の気象状況,機器故障といった複数の要因で,日々変化していくため,業務の確認が重要である。また,水車発電機設置工事が最盛期を迎えていく現在の徳山水力建設所では,電気,機械,建築,土木工事が輻輳し,優先順位の確認が重要となっている。本日の作業予定のホワイトボードは,建設所員各人が,業務全体を把握し,守備範囲の変化,確認に重要なツールであると思っている。
 最後にもう一つ,電力土木技術者として,やらなければならないことがある。徳山水力建設所では,地元関係者や行政,企業,マスコミ,学生や学校関係者などの多くの視察を受けている。視察される方々は,電力に関心があり水力建設の視察に来られている。その際の意見交換や質疑で感じるのは,電力に関心がある方々であっても電気事業に対する理解が,思っているほど高くないことである。我々の伝える力が,不足しているからだろう。土木技術者は,山や河川,海など自然を相手にしていることもあり,対外的な対応も多い。また,土木以外の分野で活躍している技術者も多い。機会を見つけて,多くの一般の方々に,電力の重要性や必要性,電力の仕組みや電気事業について,正しく,詳しい情報を解り易く発信していかなければならない。

     
     
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